落札
「この剣の真の能力、それは……」
司会の声を聞きながら、こんなことになった理由について考える。出品する前に鑑定について虚偽の申告を与えられる、そんなことがまかり通ってもいいものなのだろうか。
鑑定士は、鑑定行為にを偽ってはならない。そんなことをすれば自分が、そして自分を斡旋したギルドが不法行為を働いたことになる。
だがギルドもそれを黙殺していることから考えると、かなり大きな力が働いていると考えた方が良いだろう。
(と、なるとやはり……貴族からの圧力と考えるのが妥当じゃろうな)
出品されている現状、ディルにはそれを取り止めることはできない。
ルール的にできないことはないだろうが、そんなことをしてしまえばこぞって競売に参加している街の内外の有力者達を敵に回してしまうことになる。
今後冒険者としてやっていくつもりなら、ここでそんな真似をするバカはいないだろう。
ここまで隠し通せれば、後のことは権力でどうにでもなる。
自領の精強さをこれでもかというほど伝えたい領主の声が、向こう側から聞こえてくるかのようだった。
自分がどれだけスライムを乱獲しても買い取り価格を下げないギアンの領主と比べると、雲泥の差だ。
報復をして面倒なことに巻き込まれる義理はないが、ほんの少しだけ痛い目を見てもらうくらいはしてもよいかもしれない。
「なんとこの剣には、ただ剣を加速させるだけでなく剣で斬った相手を減速させる力があるのです‼ これをトリガーサイクロプスから取り返した、グスラム子爵にもう一度盛大な拍手を‼」
それ取ったのわしじゃけどねと言うには、ディルは無力に過ぎる。
今の彼はなんの後ろ楯もない冒険者、貴族の機嫌を損ねれば即座に首を断ち切られるような弱い存在でしかないのだ。
(今後もこういうことが増えてくるとなると……わしも最低限、そういう付き合いをした方がいいんかもしれんのぅ)
どうせならさっきの暇な時間を使って、顔繋ぎだけでもしておくべきじゃったかもしれん。
まさか自分が日銭を稼ぐことに執心していたせいでこういうデメリットが出てくるとはのぅ。
この街の有力者と知り合うのは、なんとなく気乗りしない。
スライムの恩もあるし、ギアンに戻ったら一度領主と知り合う努力をした方がいいかもしれんの。
ディルは目の前で値段のつり上がっていく剣を見ながら、神妙な顔をして杖を持っていた。
「はい金貨五十枚が出ました‼ 他にはいませんか⁉」
「金貨六十枚‼」
「六十枚‼ 値段が大きく上がりました、これで決定かぁ⁉」
「金貨八十」
「八十、八十が出ました‼ 他には、他にはいませんか?」
精一杯厳かな顔をしていたジジイの顔が、徐々にふにゃふにゃになっていく。
ま、なんか高く買い取ってもらえるならそれでええじゃろ。
おじいちゃんは未だ手に入れたことのないクラスの大金に完全に目が眩んでいた。
基本的に庶民なディルの脳内は、なんかもう高く売れればそれでええんじゃろという短絡的思考で埋め尽くされていた。
すぐに使うことになるとはわかっていても、こうして自分の持ち金が増える感覚はやはり悪くない。
(わしも冒険者じゃし、問題を起こすとでも思われたのかもしれんしの)
どうせ効果を知ったところで売っていたのは間違いないのだから、むしろサプライズで値段が上がる分だけグッドじゃろうと完全に気持ちを切り替えるディル。
この分だと……もしかすると、金があまるかもしれんの。
候補は三人いたんじゃが……これならわしの側から選べるようになるかもしれん。
「金貨百七十枚にて落札です‼」
カンカンと鳴る槌の音。値段はディルが当初想定していたよりもずっと高い値段で売れた。
ここから手数料を引いても、百五十枚は残る。
となれば合計は百七十五枚、予定していた額の三倍以上が残ったということになる。
(よし、とりあえずは安心できそうじゃな)
ディルは剣を落札したグスラム子爵の太ったお腹を見て、ほっほっほと笑ったのだった。




