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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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気を引き締めて

「それでは、案内状を」

「ほい、これでいいんじゃよね?」

「確認を……はい、どうぞ」


 入り口に立っている強面の男達二人から許可を得て、ディルは豪勢そうな建物の門を潜っていく。

 

(明らかに場違いじゃの、用事だけ済ませてさっさと帰ろ)


 心配性のために開始時間よりも一時間ほど早く来ているディルの格好は、いつもの襤褸ではない。

 着ているのはパリッと糊のきいたチェックのスーツ、髪も髭も丁寧に整えられていて、枝毛は一本もない。

 腰には愛剣を提げてはおらず、代わりに右手につるつるとしたステッキを持って杖代わりに使っている。

 武器を持っていても没収されるのがわかっていたために宿に置いてきたのだが、やはりもしもの時のために持ってきといた方がよかったかもしれんのう

 武器がない状態に慣れないという以前なら考えられなかったほど奇妙な感覚を味わいながら、ディルは自分を浮かせている周囲へと目を配った。

 内側に光を溜め込んでいるオペラグラス、どういう理屈か虹色に輝いているその中のドリンク。

 それを持つのはスーツやドレスが普段着とでも言わんばかりに自然な様子の金持ち達。

 自分よりも若い者も多いが、全体的に見ると高齢の人間が目立つように見える。

 

 飲み物を運ぶセルブースやギャルソン、自分には縁遠そうな景気の良い話をしている紳士淑女達。どれもこれも遠い世界の出来事のようである。


(こりゃちょっと気張って失敗したわい、わしもあっち側に行けばよかった)


 華やかな交流の場を離れた左側、うっすらとした灯りが点っているあたりには全体的に薄汚い格好をしている者達の姿が見える。どちらかといえば男の方が多い彼らは、今回オークションに参加しにきた冒険者達である。

 高額な参加料を払い参加しにきた者もいれば、自分が手に入れた物品が売られていく様子を見届けるためにやって来た出品者側の人間もいる。

 一部のこれから貴族や有力者達と繋ぎを作ろうと躍起になっている者達を除けば、ほとんどの冒険者達は固まって集団を形成していた。

 下手なことをして目を付けられたりするくらいなら何もしない方がいい。そんな触らぬ神に祟りなしとばかりに離れている一行を見て、わしももっとみすぼらしい服着てくるんじゃったと思うおじいちゃん。

 鎧下だけで参加を許可されている彼らを見ると、ドレスコードのような物があると思ってわざわざ服を借りて来た自分がバカみたいに見えてくる。


「さて……とりあえず木陰で休むことにしようかの」


 ディルは貴婦人方と冒険者達の間、その境界の辺りにある大木へと歩いていく。


 気疲れせず、時間が潰せればそれでええわい。

 そんな風に考え服がよれない程度にくつろごうとしていたディルの鼻が、ピクピクと動く。

 実際に何かの匂いがしたわけではない。だが何か危険の香りのようなものがしたのである。

 その木の上に目をやる。

 実際は何も見えなかったが、ディルはその影を見て納得した。


(……そりゃ、護衛も控えとるよね。野蛮なのが多い冒険者を普通に入れとるわけじゃし)


 スキルにより、ディルは誰かが自分の方を見ているのがわかった。

 見切りを使ってもこちらからは全くその姿が見えない。

 隠密スキルか、あるいは後天的なものかはわからないが、その気配を殺す様は相当なものである。

 それだけのものを持つものが、弱いということはないだろう。


(ここ最近色々あったけど、流石に今回は滞りなく進みそうじゃの)


 ディルは自分のポケットに入っているギルドカードを撫でながら、煌々と闇夜を照らしている家屋を見た。

 吹き抜けになっている信じられぬほど高い白磁の家。

 ここで開かれるのはオークション、今宵この場所は人間の欲と欲がぶつかり合う欲望の沼地となる。

 冒険者には落札しに来た者と、売却しに来た者がいる。

 そんな中でディルの立場は、そのどちらとも違い、どちらとも一緒だった。

 彼は売却をしにも来るのと同時、落札を行いにも来たのである。

 ディルが先ほど触れたギルドカード、その裏側には一枚の木板が入っている。

 主催者側と出品側ではまりこむように不均一に割られているその板は、彼が出品者であることの証明だ。

 ディルが出品するのは、トリガーサイクロプスが持っていたあのバスタードソードである。

 実は予想外なことに、あのただの鉄塊と思っていた道具が魔法の武器(マジックウェポン)だったのである。

 今回のサイクロプス討伐は、この街の威信をかけた戦いだった。

 そんな討伐作戦の中で出た、唯一の魔法の武器。鑑定結果は大したことはないという話だったが、恐らくこの街の有力者達が自分達の武勲を示すために色をつけて買ってくれるだろう。ディルの考えに、エディも間違いないよと太鼓判を押してくれたためにその確実性はかなり高い。


 もちろんあのサイクロプス討伐以後もサボっていた訳ではない。

 査定に時間がかかったため、その間ディルはトキシックスネークを乱獲して金を稼いでいた。夜はトリガーサイクロプス討伐の報酬を決して分け合おうとしないムーサ達に食事とお酒を奢り感謝の気持ちを伝えたりして過ごした。

 

 そんな日々が一週間ほど続き、昨日ようやく彼が討伐したトリガーサイクロプスと、ムーサ達と合同で討伐したサイクロプスの討伐分の報酬が出たのである。

 しめて金貨二十五枚、それがディルの依頼報酬の合計額だった。

 今から行うオークションでの出品分を合計すれば、恐らく金貨五十枚までは行くはずだ。

 それだけあれば恐らく、なんとかなる。不測の事態が起きない限りは。 


(タダ酒も食事も……今日は控えておこう)


 とある親子の健やかな生活が続くかどうかはこの一局にかかっている。だからこそ今は気を弛めずに、張ったままでいよう。

 ディルは木にもたれかけ遠くを見つめながら、開始の合図が聞こえてくるのをじっと待ち続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほかの感想に対しての反応だけど、多分オペラグラスとドリンクが入ってるのは別の文だと思うの。 なので「その中に虹色のドリンクがある」ってのは捉え方の間違い。だけど読点で区切ってるから間違えやす…
[気になる点] オペラグラスの中のドリンクというのがどういう状況かわかりません 爺さんは観劇したこともなさそうだからオペラグラスなんて持ってないだろうし…
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