雨降って……
(まるで自分の身体ではないみたいじゃ)
トリガーサイクロプスとやりあっている最中、ディルは自らの能力がまた一段階上へと上がったことを本能のうちに理解した。
軽やかになった動き、そしてより鮮明に動きを捉えられるようになった動体視力。
これならば取れる。
更なる力を手に入れたディルは、しかし何も感じるものはなかった。
これでムーサ達を助けて、自分も死なずにいられる。時間稼ぎのために死線を行ったり来たりする必要はなくなった。そんな安堵すらも無駄で、削ぎ落とすべきものだ。
勝利を確信し、スッと剣をトリガーサイクロプスの足に差し込む。想定通りに足が半ばほどから断ち切れた。
詰みに持っていけたことを頭で理解しても、ディルの動きはいたって自然体だった。
重心を安定させることができなくなった黒一つ目の死角に入り、一撃。連撃を受けてはまずいと大振りの動きをする腕に剣を差し込み、今度は抵抗もなく持っていく。
自分の能力と愛剣の能力が釣り合えば、これだけの力が発揮できるのだ。
そう考えながら、ディルは自分を見上げるトリガーサイクロプスの目を貫いた。
トドメをさし一息ついてから、今までセピア色だった視界が一気に開け、肺に空気が入り込んだ。
今までずっと冷静な思考を保てていたのが嘘であるかのように、全身からドッと汗が噴き出してきた。
戦闘の分の緊張が一気に出てきたのだろうか、と考えていると膝がガクガクと笑った。
格上に勝てたことによる高揚感……ではない。
恐らく純粋な疲れとなんとか守りきれた、死なずに済んだという安堵。
見切りを連続使用中に感じていなかった色々な感情が、ドッと押し寄せてくる。
こんなことは初めての経験だ。思わず地面に膝を着き、荒い息を吐くディル。
(新たに解放された能力……なのかの?)
震えが収まるのを待ってから、立ち上がる。
既に先ほどの感情の奔流は消えていた。
念のために腰に黄泉還しを差し、頬を手でぐにぐにと動かして表情筋の動きを確かめる。
よし、もう元通りになった。
「おいジジ……ディル、大丈夫か⁉」
「……大丈夫じゃよ」
ディルは自分本来の笑顔を取り戻したことを確認してから、自分のもとへ駆け寄ってくるムーサに笑いかけた。
ようやく気持ちが落ち着いてきたことで、ディルはもしかしたらと考えていた可能性について思いを馳せるようになっていた。
(やはり、わしのこのスキルは……)
見切り……ではないようじゃ。
もはやそれは予想ではなく、確信に近かった。
単なる戦闘用スキルとしては破格な能力、戦いの最中に突如覚醒した新たな力。
恐らくこれは見切りスキルよりも、更に戦闘に特化した……
「ディルさーん‼」
遠くから聞こえてきたフィロの声を聞き、沈みかけていた意識を起こして前を向く。
どうやら傷を負っているらしい彼女の側には、護衛役のルイーズの姿があった。
合流し傷を治しながら笑い合っている三人を見て、おじいちゃんの荒みかけていた心はほっこりした。
(……そうじゃ、今は彼女達を助けられた。それでええ)
うんうんと頷いていると、周囲を警戒していたムーサがディルの方を向き、獰猛な笑みを浮かべた。
「まだ時間はある。サイクロプスが完全に狩られきるまでにいけるとこまで行くぞ‼」
「「「おお‼」」」
そうじゃった。ムーサ達を助けるためじゃなくて、お金稼ぐために来たんじゃった。
目的と手段を若干はき違えかけていたディルは少し軋っている身体に喝を入れ、気合いを入れ直した。
トリガーサイクロプスの素材とあの剣のおかげでかなり稼ぐことはできたじゃろう。
とりあえずまずはこいつを運ぶために冒険者を呼んで、そこから残党狩りじゃな。
(はてさて、これ一回で足りないとなるとちと厳しくなるが……)
査定を受けるのが怖いが、査定を早く受けてしまいたい。
ディルはそんな相反する感情を抱えながら、ムーサ達と共にサイクロプス殲滅の実行隊長である男のキャンプ目掛けて歩いていくことにした。
おじいちゃんの戦いを観ていたムーサやルイーズに、既に彼のことを侮るような気配はない。
尊敬まではいかないある種の親しみのようなを持って、二人はディルに接するようになっていた。
なんにせよ、仲良くやれるならいいことじゃよね。
小さく笑いながら、ディルはぬるぬるとした動きで三人に並走し始めた。
余裕ができたためにおじいちゃんは体感的にはずいぶんと久しぶりに、自分の髭をもしゃもしゃとしたのだった……。




