第三の選択肢
一夜が明け、暗がりで夜を過ごしたジジイは若干の二日酔いに悩まされながらも足を使って情報を得ていた。
「ありがとの」
「おうじいさん、すまんなぁ。こっちにも家族がいっからよ、あんまり無茶はできねぇんだ」
「いやいや、話を聞かせてもらえるだけでありがたいってもんじゃよ」
ディルは適当に店先に話しかけて、ある程度信用ができそうだと思えた人間に話を聞いてみるというローラー作戦でなんとかしようと考えていた。
ガルシアの非道の証拠を集める。最初は簡単なことだと思っていたが、実際にやろうとしてみるとこれはかなりの困難を伴うものだということがわかるようになってくる。
今のところ成果は決して芳しいものではない。
それはガルシアが皆から慕われているだとか、彼の悪事が巷に知れ渡っていないということではなかった。ただそのやり方がいまいち検挙をしたりしづらいという、それだけの事実がジジイを足踏みさせてしまっているのだ。
彼は色々な所に周到に根回しをしてから実行する。そして実際に何か不法行為をする場合はかならず自分と実行犯の間に何人もの人間、いくつもの組織を挟むことが多いのである。
直接的ではなく間接的に、そうやってなるべく自分の足跡が残らぬように行動しているということは、情報収集を始めてすぐにわかった。
明らかにガルシアがやっていると思われる悪事は多い。麻薬の売買だとか、税金逃れをしている酒樽だとか、そういった噂については枚挙に暇がない。
だがあくまでも噂止まり。実際に逮捕された者がいたとしても、その人間が蜥蜴の尻尾切りになるだけで結果としてガルシア自体に追求の手が伸びることはない。
こういう手段を使い、いざというときには武力もあるのだぞと匂わせる。それが彼のやり方なのだということは、ガルシアの話をする際の住民達の恐ろしげな顔を見て理解できた。
情報をくれる者や親切にしてくれるような者も多かったが、話す際は皆一様に周囲の視線を気にし、ガルシアのことを口にしているのがバレないよう細心の注意を払うのである。
ガルシアはこの街では、かなり名前の知れた、そして恐れられている人物らしかった。
「ふぅ……上手くいかんもんじゃの」
ディルは情報収集で大体の事情を把握したために、一度昼食を取って思考をリセットすることにした。
流石に昨日エディに教わった店に入る気はなかったので、目についた食堂へ入り適当に注文を終える。
料理が出される前の時間、手すきになるとやはりガルシアのことが脳裏に浮かぶ。
尻尾を出さぬよう上手く立ち回る相手に、自分はどうすればいいのか。
情報収集をしながらずっと考えてはいたのだが、中々名案は出てこない。
一手で盤上をひっくり返すにはやはり何か物証を手に入れるか、実際に違法取引をしている場所に居合わせるくらいしかないだろう。
搦め手を常套手段とする相手に策謀で敵うとは到底思えなかったし、武力でなんとかしたとしても実際にガルシアという危険を取り除かなければ意味はない。
流石に自分が直接殴り込んでガルシアを殺すというのは頭が悪すぎる。
だが実際問題、彼の住む邸宅に入るくらいしか取れる手段がないのも事実である。
警備が厳重で、傭兵や冒険者達を侍らせていると噂の彼の邸宅。そこに忍び込み悪事の証拠を探してくるなどということは、ディルにはできないことである。
老眼が進み文字も読みづらくなっている今、偽造書類と間違えて劇団の興業用のチラシを持ってきてしまうのがオチだろう。
(とすればやはり……仲間が必要になってくるじゃろうのう)
最悪戦闘力は度外視でも構わないが、自分よりも隠密性の高く、かつある程度読み書きのできる人間の手が必要になってくるだろう。
だがこのグスラムの街で仲間を募るのは、難しいのは間違いない。
目端が利かなければ生き残れない冒険者は、自分の側についてはくれないだろう。金でどちらにでも転んでしまう傭兵などは、もっと信じられない。
何か企んでいることを向こうにバラされてしまっては、情報を得るどころの話ではなくなってしまうだろう。
義憤に駆られるか、或いは個人的な恨みがあるか……そういった人間を探すべきだろうか。
だがそういう人間は口は堅くとも、能力を伴っている可能性はそれほど高くない。
口が堅く、かつ何らかの思惑、利益を与えられる隠密能力の高い人間……そんな人間が果たしているものだろうか。
エディに頼むという手もあるし、実際彼ならば証拠の一つや二つは掴んでくれそうな気はする。だが彼に貸しを作れば、恐らく生涯を通じても払いきれないような返済を要求されるとディルは直感していた。
彼の手を借りるのは完全にどんづまりになり、もうどうしようもなくなったときの最後の手段にしたい。
「はてさて、どうしたものか……」
「お待ちっ‼」
「ああどうもどうも」
やって来たあんかけ野菜炒めを食べながら、何かもっとましな手だてはないかと考えてみるディル。
こちらが間接的にガルシアを追い詰める、そんな一手があるならいいんじゃが……
八方塞がりに陥りかけているディルの思考をぷっつりと絶ち切ったのは、向かいに座ってる二人組の男達の話し声だった。
「おい聞いたか? なんでも今週のオークションの奴隷達は粒揃いらしいぜ」
「ああ知ってるさ、なんだかすげぇ武器が出るってもんで、怪盗王ディスラードが予告状を出したんだろう?」
瞬間、ディルの脳裏に走る電撃。
そうか、何も人材を在野から取ろうとする必要はないのか。
向こうにも解放という利益を与えられ、かつこちらを裏切らない存在。
奴隷という存在を頭に入れるのを忘れていた。
ディルは彼らの話の内容をしっかりと頭に入れようと、食事の手を止めて聞き耳を立てた。




