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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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覚悟を決めろ

「やるじゃねぇか、見直したぜじいさん‼」

「わしもまだまだ若いからの、精進するんじゃぞ」

「だ、だけどミルヒを渡すのを認めたわけじゃないからなっ⁉」


 ディルは別にミルヒちゃんはお前のものじゃないぞ、と言うことはしなかった。

 おじいちゃんも昔、まだ自分が妻を持ち子を為す前に感じたことがある。

 

(年上のお姉ちゃんというのは、なんというかその……輝いて見えるんじゃよなぁ)


 自分の面倒を見てくれたり、色々な話を聞かせてくれたりするような女性に、若い男子というのはほんのりとした敬慕のようなものを抱くものだ。

 恋愛感情というほどドロドロしていない、幼子特有の純粋な思慕。

 その経験を自分もしたことがある以上、ディルはジェンに何かを言うつもりはなかった。


(……二人のことに気付いてもないみたいじゃしな)


 ディルは裏庭で日が完全に沈んでしまうまで、枝をぶつけあってちゃんばらごっこをして遊んでいた。

 マルガムは途中まで観戦していたが途中で寝てしまったため、今は薄目を開けて半分寝ている状態である。

 今度こそしっかりとした足取りで迷わず進むことのできたディルは、二人の子供を引き連れて孤児院へと戻っていった。

 帰宅するとジェンの元に二人の女の子が駆け寄り、痛くねぇと頑なな彼の傷口に酒をかけている。

 リアとシースの様子からわかりそうなものではあるが、残念なことにジェンはミルヒの方しか向いていない。そしてもちろん、何十人という子供を見てきたはずの彼女にとって、年端もいかない少年が恋愛対象になることなどありえない。

 難しい、じゃがこれもまた勉強じゃ。精進せい、若人よ。

 おじいちゃんは自分が昔何度もイタい勘違いをした事実からは目を背けながら、置いていた自分の背嚢に気づいた。そして自分が一体何をしにこの場所にやってきたのかを、ようやく思い出す。

 わしは何をやっとるんじゃ。

 ジジイは焦りながら自分の荷物に手をかけようと歩き始める。


「本当に、ほんっっっっっとうにごめんなさい‼」

「悪いのはミルヒちゃんじゃなくこのガキんちょ達じゃからな、そう何度も謝られてはわしが恐縮してしまうわい」

「はっ⁉ すみません‼」

「いや、じゃからな……」


 もしかしてこの子、少し天然入っとるのかの?

 そんな風に思いながらディルは腕を袋の中へ入れごそごそとやってから、中に入っていた少しだけ炙ってあるブロック肉を取り出した。


「さてお嬢さん、まずは腹ごしらえでもどうかね?」


 びっくりしたような顔をしたミルヒに、おじいちゃんはニヤリと笑う。

 ディルが食材を取り出したのに合わせて、周りにいた子供達がわっと一斉に声をあげた。




「もっちゃもっちゃ……ミルヒ、お代わり‼」

「ええと、あの……」

「好きに食わせてあげりゃあええ。年を取ると食が細くなっての、脂っこいものは年々入りにくくなるんじゃよ」

「わかりました。はいジェン君、食べ過ぎたらダメよ?」


 子供として扱われているのが不服なのか、さっきまで上機嫌だったのが一転し少年はぶっきらぼうに肉の切り分けられた皿を受け取った。

 だがそのあたりはやはり子供で、お代わりを口に入れるとすぐに機嫌を直して食事を再開し一生懸命に頬張り始める。


「元気な子達じゃの」

「ええ、それはもう」


 四人が四人食事に夢中になっているために、ディルはようやく腰を落ち着けてミルヒと話ができるようになった。

 同じテーブルで食事をしているのだしプライバシーなどあってないようなものでしかないが、それでもチャンスなのは間違いない。

 会話が丸聞こえなのだとしても、あまり直栽な聞き方さえしなければ問題はないのだから。


「ミルヒちゃんは、今どんな具合かね?」

「そうですね……概ね楽しいですよ。やっぱり色々ありますけど、やりがいのある仕事ができているとは思います」


 話を聞いていると、どうやらこの施設はここの領主様の税金対策兼慈善事業として運営されているらしく、生きていくのに最低限な支援は受けてられるらしい。

 あまり詳しいことをミルヒは知らなかったが、施政のことをどうこう言われても大して学のないディルにはわからないから別に問題はない。

 暮らしぶりは満腹にはなれないが、飢えはないといった感じである。

 今ここに子供が四人しかいないのは、ここにいる子達は就職先が決まればドンドンとこの孤児院を去っていってしまうかららしい。

 孤児一人あたりが滞在する期間はそれほど長くなく、皆めいめいの場所へと働きに出る。

 一期一会で短いけど、とっても濃密な時間が過ごせるんです。

 そう口にするミルヒの顔には、一緒にいた時間の長さなど関係なく、彼ら皆を大切にしているのだなぁということが伝わってきた。


「続けたいと思うかの?」

「そうですね……できる限りはやりたいとは思っています」


 ディルがヒリソ経由で彼女の事情を知ったなどということを、当の本人は知らない。

 だからだろうか、彼にはミルヒの瞳の奥にうっすらと何かが映りこむのが見えた。

 それはきっとミルヒが赤の他人である自分にだからこそ見せた一瞬の隙。無関係な他人だとわかっているからこそ見せられる、自分の弱さの一側面。


「そうか」


 ディルはもうそれ以上、話を突っ込むことはしなかった。

 彼はただ子供達にご飯を食べさせ、自分の昔話で彼らを楽しませることに心血し時間を過ごしていく。

 きっともうすぐ彼らは、世間の荒波というやつに揉まれることになるだろう。

 人生というのは辛いことばかりだ、生きていくということは苦難と向き合うことの連続なのだから。

 だからこそ今は、まだ何も知らぬまま、この孤児院という楽園の中で生きていられる間くらいは、少しでも楽しい気持ちにさせてやりたい。

 ディルはそう、思ったのだ。



「大した額じゃないがの、何かの足しにでもしといてくれ」

「……何から何まで、すみません」


 帰り際、申し訳程度にお金を握らせてディルは孤児院に別れを告げた。

 じゃあねーと声をかけてくる子供達に手を振って応えてから、さっと後ろを振り向く。


(……さて、まずは情報収集じゃな)


 そこにいたのは、子供相手に髭を引っ張られてものほほんと笑っているような好々爺ではなかった。

 ふぅと短く息を吐き、ディルはスッと目を細める。

 わしにやれることを、やってみることにするかの。

 おじいちゃんは本腰を上げてヒリソ親子の問題に取り組むため、闇夜の中へゆっくりと一歩を踏み出した……。

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[一言] じーさんに痺れた
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