時は来たれり
「黄泉還しとな?」
「なんだよ、あれに興味あんのか? 言っとくけど使ったら寿命が……いや、一応わからなくはあるんだが……」
寿命を喰らう魔剣、ジジイが握ればその瞬間に黄泉へと旅だってしまいそうなその剣が気になったのは、その色味や造りが彼の心に響いたからだった。
陽光はおろか炉の光まで吸い込んでしまいそうな漆黒の刀身、グリップなど握れれば良いのだと自己主張するかのように乱雑に包帯の巻かれただけの柄。
鞘などというものに入っておらず、その禍々しさは剣が自分でガラスを突き破ってこちらまで飛んでくるのではないかと思ってしまうほど。
荒々しさを漂わせるその見た目ではあるが、その剣先は静かな埠頭のように穏やかで滑らかだ。光を吸い込むほど黒々としているにもかかわらず、どういう理屈か刃濤部分がはっきりと見て取れる。
これ欲しい、なんとしてでもこれが欲しい。ジジイの心は躍った。
この剣でばっさばっさと魔物を切り殺してみたい、そんな物騒な願いをしながら年甲斐もなく瞳をキラキラさせるディルを見て、ディギンが説明をしてくれる。
黄泉還しは以前まだ彼が冒険者だった頃、王都の裏オークションで競売に出されていたものであるらしい。彼が大枚をはたいて競り落とした一品であり、そして一度も使ったことのない武器でもあるとディギンは言った。
「これは使った人間の寿命の大部分を持っていく呪いの武器だ。だがそうわかっててもなぁ、これなんかいいじゃん。そんなキラッキラな目をしてるくらいだし、じいさんもそれはわかるだろ?」
「そうじゃの、なんというか男のロマンを詰め込みました……みたいな感じがとても良い」
彼は事前にその呪いについての説明はあったにもかかわらず、そのフォルムや切れ味に魅了されて買ってしまったらしい。実際に実演してもらった際の衝撃は、それはもうすごかったらしい。そして試し切りをした男の使用後の変貌も、それはスゴかったらしい。
「筋骨隆々のゴリゴリの戦奴隷がなぁ、使ってからこの黄泉還しを俺が受けとるまでにひょろひょろのジジイになっちまっててな。それを見た瞬間、あっ……と思ったんだ。だが残念ながらもう競りは終わっていて、俺は全財産はたいてこの無用の長物を買っちまったってわけさ。これを選ぶってんなら銀貨五枚でいいぜ、返品は受け付けねぇけどな」
「わしに使えると思うかの? さっきなんか口ごもってたみたいじゃったけど」
「ああ、あれな。俺は当時のオークションの支配人に、持ち主を加齢させる呪いって言われたんだ。もしそうだな……例えば三十加齢させる呪い、とかだったらじいさんはまず間違いなく死んじまうだろう。だがもし仮にこの剣が対象の肉体を強制的に六十才に書き換える、みたいな呪いだったらじいさんなら案外なんの後遺症もなく使えるんじゃねぇかなって思ってよ」
「なるほどの……」
前者なら握った瞬間に天に召されるだろうが、仮に後者だとすれば若干若返る可能性すらある。
ディルは特に意味はないかもしれないと思いながらも、一応見切りを発動させてみた。すると一瞬、ほんの一瞬だが黄泉還しがちらと瞬いた……ような気がした。
確証はない、もしかしたらあの武器を使いたいと思うジジイの願望が見せた幻かもしれない。
だがどうしてだろうか、彼はこの武器こそ自分が使うべき新たな得物であると、そう心のどこかで確信を持っていた。
「わし、これにするわ」
「……そうか、あんたがそれがいいって言うなら俺は構わんぞ。ただもし死んでも、俺のせいにはしないでくれ。あと出来れば、自分の家に帰ってから握ってみてくれ。ガラスケースは貸しておく、もし死ななかったら返しに来てくれ。死んだら俺が回収しに行くから、自宅の住所も教えてくれ」
「ほっほっほ、わしはしがない宿暮らしでの。定住はしとらんのじゃよ」
ディルは代金である銀貨五枚を支払ってから、彼に自分の逗留している宿を教えた。
そしてガラスケースをそれを収納可能なナップザックごと借り、トーラス工房を後にした。
確かにこのまま黄泉還しを握って死なれでもしたら、ギリギリの経営をしているあの工房が潰れてしまうことは想像だに難くない。
験担ぎなんぞという古くさい慣習の残っている冒険者業界だ、新人冒険者が死んだ武器屋で武器を購入しようなどと考えるものはよほどの物好きくらいなものだろうし。
ディルは背中の壊れ物が割れてしまわないよう細心の注意を払いながら、しかし若干歩調は逸り気味にすたこらと宿へ帰っていった。
「……何か良いこと、ありましたか?」
「ああすまんアリスちゃん、今日はお土産買っとらんのじゃよ」
「……要らないですから」
若干スキップ気味に廊下を渡っていくジジイを変な物を見るような目で見つめる彼女のことは努めて無視し、ディルは自室に入った。
そしてナップザックを背から外し、ガラスケースの上の蓋を取り去り、その剣を直に見つめる。
大きな深呼吸をして、精神を統一させる。なんとなく直観で大丈夫な気はしているが、それはあくまで直観でしかない。下手をすればここで彼のセカンドライフは終わってしまうかもしれないのだ。
(………なんでこんな危ない橋を渡ろうとしてるんじゃろうか、わし)
ディルは黒い刀に心擽られたという事実を冷静に鑑みて自分の精神年齢の低さを悟り少し気落ちした。そしてはぁとため息を吐いてから視線を下げ黄泉還しを見ると、下がった分以上にテンションが上がった。
最後にもう一度だけ深呼吸をし、一度目を閉じて覚悟を決める。
「ふぅっ…………………今っ‼」
ディルはカッと目を見開き、右手で思いきり黄泉還しの柄を握った。




