妖怪
鬼岩の街から移動したディル達は、呪いの森の近くにある葉密という村までやってきていた。
「ここまで来れば、あとは千姫を救出するだけでいい、か……」
つぶやくディルは、呪いの森があるという北の方角をジッと見つめている。
そうは言ったものの、彼女を救出するまでに超えなければいけない関門は多い。
まず最初に、呪いの森にはモトチカ子飼いの者達の監視が広がっている。その中にはイナリと同じシノビ達もいるという。
もっとも、その存在を反モトチカに知られぬようにするためか数はそれほど多くない。
イナリとディルが力を合わせれば、決して倒せない相手ではないだろう。
なので問題はそのあと、千姫との邂逅それ自体にある。
イナリの話を信じるとするのなら、千姫はそもそも、自身が父の後を継いで領主になることに乗り気ではない。
これ以上無用の争いを起こさぬよう、イナリも何度もいさめられたという。
半ば幽閉されている状態ではあるが、果たして彼女の心はどのように変わっているのか。
ディルはそれが気がかりだった。
「姫様を、助ける……それさえできれば私はどうでも良い」
そういってディルと同じ方角を見るイナリには、鬼気迫るものがある。
だがディルには彼女が空回りしているように見えていた。
恐らく、千姫を動かすことができるのはディルではなくイナリだろう。
だが彼女は未だ、千姫に対する答えを出せていないように思えていた。
しかし、なんにせよ既に賽は投げられている。
四武家の協力を取り付け、未だモトチカがそれに気付いていない現在こそ、千載一遇の好機。
ディルはイナリと共に、呪いの森へと駆け出すのだった。
警戒しながら呪いの森へ入るが、即座に襲われたりするようなことはなかった。
情報を集めてわかったのだが、呪いの森自体はかなりの広さがある。全域に警戒の目を向けるのは難しいのだろう。
おそらくは千姫を幽閉しているあたりに網を張っていると見ていい。
「……ふむ」
茂っている木々は至って普通のものであり、試しに切りつけても動き出したりはしない。どうやらトレントのように、魔物が木に擬態しているというわけでもないようだ。
この森はなぜ呪いの森と言われているか。
その理由を思い出そうとしていたディルの目の前に影が現れる。
「妖怪か……」
現れたのは怪しく眼窩を光らせる骨だった。
といってもスケルトンのように全身があるわけではなく、明らかに人体より大きなサイズの白骨の頭部だけがこちらを見据えている。
ディルたちを見つけた白骨の妖怪――ガシャドクロがガタガタ、ガタガタとその身体を震わせる。
魔物と妖怪の違いはさほど明確ではない。
ただし妖怪は面妖な魔法――妖術を使う。
魔物が使うのは火炎放射などの比較的単調な魔法が多いが、妖怪の場合はトリッキーな妖術を使うことが多いのだ。
ガシャドクロが口を大きく開いて、その頭をぐるりと横に一回転させる。
すると目の前に、大きな青い火が発生した。
続いてガシャドクロが縦に一回転すると、その炎がディル達めがけて襲いかかってくる。
ガシャドクロの使う妖術である鬼火だ。
ディルは発動していた『見切り』に従い攻撃を避ける。
スッと避けると、後ろにあった木々に青い火が当たる。
「ほう……本当に燃えとらん」
後ろを見ると、青い炎は木々にまとわりついているが、その枝葉を燃やしてはいなかった。 鬼火は見た目は火だが、実際には魔力の塊であり食らっても火傷を負うことはない。
ただしあの青い火は食らった生物の生命力を燃やしてしまうため、鬼火を受けると継続的なダメージを受け、同時に身体の動きが鈍ってしまうのだ。
ディルはそのまま前に出る。
そしてもう一体の鬼火もひらりとかわし、再度鬼火を使おうとする個体へと接近した。
「ガシャドクロの弱点は……眼窩の奥に光る頭蓋骨の裏側っ!」
ディルの一撃がガシャドクロの内側に突き立った。
狙い過たず急所を突き抜いたおかげで、ガシャドクロはガタッと大きく動いたかと思うと、そのまま動かなくなった。
「――シッ!」
そしてイナリがクナイを投げて弱点を突き、もう一体も倒してしまう。
「こいつは単体で出てくる分には楽に倒せそうじゃね」
「ああ、ガシャドクロが本領を発揮するのは他の魔物や妖怪と連携を取る時だからな」
呪いの森には大量の魔物と妖怪が出る。
ディル達はそれらを倒した上で、その先にいるであろうシノビと戦わなくてはいけない。
あまり体力を使い過ぎんようにせんといかんな……と、ディルは気持ちペースを落とし、先へと進んでいくのだった。




