森へ
「タツミも気になっていただろう、ほれ」
オルカはそう言うと、ふすまの奥に隠れていた少年を前に出す。
そこにいるのは、コウガと思しき少年だった。
だがその顔は腫れ上がり、目元には大きなたんこぶができていてまともに前が見えないような状態になっている。
「ふみまへんへした」
そういってコウガがタツミに頭を下げる。
それを見たオルカが笑いながら、
「ちょうどいい機会だったからな。いい加減性根を治せとボコボコにしてやった。おかげで顔はめちゃくちゃになったが、その分態度は素直になったぞ」
「は、ハハハ……」
兄弟げんか兄弟げんか。
そう自分に言い聞かせ、ディルは引きつった笑みを浮かべる。
「それでディル、私に話があるんだって? 今の私は機嫌がいい。大抵の話なら利いてやれると思うぞ」
そう言って快活に笑うオルカを見て、ディルはここぞとばかりに口を開くのだった――。
「ふむ……千殿を奪還し、領主の座に返り咲かせる、か……いいぞ」
「……いいんですか?」
「なぜお前が疑問形なのだ。話をしたのはお前の方だろうに」
「その……これほど簡単に話が進むとは思いませんで」
「モトチカ様には色々と思うところがないでもないからな」
そう言うと、オルカはディル達より一段高い座椅子に座る。
隣にに顔がボコボコになっているコウガを座らせてから、使用人から渡されたお茶を飲んで舌を湿らせた。
「どこかで反旗を翻す奴がいるだろうとは思っていた。そしてそれができる可能性が最も高いのは、千殿なのは間違いない」
「俺は出て行きやしょうか?」
即座にきな臭い雰囲気を嗅ぎ取ったタツミが出て行こうとするが、オルカはそれに待ったをかける。
「ふむ……いや、聞いていけ。既に私達は一蓮托生だ。当然タツミも力を貸してくれるだろう?」
「……ええ、そりゃあもうやらせてもらいますよ。うちもオルカ様と一緒にやっていかないと、商売あがったりですからね」
タツミはため息を吐いてから、上がりかけていた腰を乱暴に下ろす。
恨めしそうにディルを見つめながら、
「なんてこったい。こんな面倒なことになるってわかってたら、お前を雇わなかったぜ……」
それだけ言うと、彼はがっくりと肩を落とす。
ディルは申し訳なさげに、軽く頭を下げておくことにした。
日村組は既に美空家とズブズブの関係になっている。
美空家が主家に反旗を翻すとなれば、彼らも無関係ではいられないのだ。
「さて、話を戻そう。モトチカ様のここ最近の行動は流石に目に余るものがある。強引な徴発や過度な武器の買い込み……対外戦争をしようとしているのは長砂に住む者なら赤子でも知っている。戦をすること自体は問題ないのだ。ただしそのやり方が性急に過ぎることが問題だ」
オルカが下を向きながら、唇を噛む。
犬歯に突き刺された唇から、ぽたりと血が垂れて落ちる。
「それに何より納得がいかないのが……我らに何一つ相談することなく、全てを独断で決めてしまうことだ。モトチカ様は我々のことすら、心から信頼してはいないのだ……」
モトチカの前の領主――千姫の父であるミチザネは辣腕ではなかったが、臣下の話をきちんと聞いてくれる当主であった。
だがモトチカは基本的にワンマンであり、領地全体行動の指針を自分で勝手に決めてしまう。
どうやらオルカにはそれが納得いかないようだった。
オルカの口からはどんどんと愚痴が出てくる。
ディルは相槌を打ちながら、話を聞き続けた。
恨み辛みを言い終えてから顔を上げたオルカの表情は、先ほどまでよりすっきりとしているように見える。
「とにかく、私は千殿がミチザネ様の跡を継ぎたいというのなら、それに協力しよう。これでいいか、ディル?」
「はい、ありがとうございます」
こうしてディルは無事美空家の協力も取り付けることができた。
四武家で賛意を得られていなかったのは湯部家のみとなったが、別口で動いていたイナリの手によって、湯部の説得も無事に成功する。
これで完璧に外堀は埋めた。
残すところは、千姫の救出のみである。
ディル達は緊張の面持ちで、呪いの森へと向かうのだった――。




