ゴロウダ
ヨシロウは胡座をかいた状態で、じっとディルのことを待っていた。
ディルは慌てて畏まろうとするが、それを止めたのは当のヨシロウ本人だ。
「ああいや、待ってくれ。楽にしてくれて構わないとも」
事前に知らせていた内容が内容だからか、ヨシロウの方もきちんと胸襟を正している様子だった。
それならそれでいいと、ディルは早速義亜組に関して取り揃えてきた証拠を見せることにした。
腹芸はあまり得意ではない。
そのためこういう時は、勢いで押し切ってしまうのがディルの交渉の流儀だ。
交渉人としては二流もいいところだが、他に人材がいないのだから仕方がない。
「これが義亜組の組長であるゴロウダの悪事の証拠……隠していた二重帳簿や、違法な契約書類になります」
「ほう、これはっ!」
ヨシロウはまるでふんだくるような勢いで書類を掴んだかと思うと、それを目の色を変えて読み込み始めた。
ゴロウダを取り締まることが難しい理由は、彼のやり口がひどく狡猾だからだ。
彼はなかなか悪事の尻尾を出すことがない。
違法な取引をする際には必ず間に仲介人を絡ませており、責任の手が当人に辿り着くことはない。
「蜥蜴の尻尾切りばかりでな……なかなかゴロウダに罪状を被せることができなんだ。だが、これは……」
そう言ってヨシロウは資料に目を通していく。
ディルには彼の顔が驚愕に彩られていくのがはっきりとわかった。
ゴロウダは表向きはきちんと税を納めている。
娼館運営や娼婦の斡旋業、それから禁制スレスレの脱法薬物や奴隷の販売などで稼いだ金に関しては、きちんと申告をしている……少なくともヨシロウはそう考えていた。
だがゴロウダは、それより更に悪辣だったようだ。
「これは……二重帳簿か!」
「はい、明らかに申告漏れと言えない量があります。どうやらゴロウダは大分ちょろまかしているようです」
そこにあったのは本来の帳簿と、それより経費の類を明らかに水増しした帳簿の二つだった。
上手いこと整合性がとれるようにしてあるものの、見るものが見れば得られた収益を本来よりもかなり過小に申告しているのは火を見るより明らかだった。
「そしてこちらは違法な金利の貸し付けの借用書……でかしたぞ、ディル殿!」
その借用書に明記されている利率は、明らかに法外な設定が為されていた。
どうやらゴロウダは金貸し業においては、まず最初に違法な利率で元金を膨らませてから新たに合法な借用書を作り、借り主を雁字搦めにするというやり方をしているらしい。
今回イナリが調達してきたのは、彼が最初に行っている違法な借用書の原本だ。
中では大口の取引だったようで、末端の構成員ではなくゴロウダ本人が署名を行っている。
これさえあれば今までまったく手を出すことができなかったゴロウダを追い詰めることができる。
現状を変えるだけの証拠に、ヨシロウはホクホク顔である。
「いやあ、話を聞いた時は半信半疑だったが、まさか本当にこれほどのものを用意しているとは……」
恐縮ですと頭を下げるディルに、ヨシロウは少しだけ顔をしかめた。
嬉しい気持ちと恐れがない交ぜになったような顔をしながら彼はこう続ける。
「しかしこれだけのものをもらってしまうと、こちら側から何を返すべきか悩むところだ。かなりの額になると思うだろうが、対価は金銭で良いか? あまりうちの領に余裕はないが、なんとかひねり出して……」
「いえ、でしたら一つお願いがございまして――」
ディルが告げるのは、当然ながら千姫に関することだ。
当主の座に返り咲かせるなどといった過激な発言はせずに、あくまでも彼女が幽閉されている状態をなんとかしてあげたいと告げる。
「うむむ……それは私の一存では如何ともしがたいな」
「そんなヨシロウ様にぜひ教えておきたい情報がございまして……」
ここぞとばかりにディルはヨシロウを切り崩しにかかる。
刑部は既にこちら側、この一件で美空家もこちら側に引き寄せることができるだろう。
安部家は、消極的に賛成をしてくれるだけでいい……そんな風になるべく求める条件を減らして説得を重ねていくと、ヨシロウはすぐに折れた。
「たしかにここ最近のモトチカ様の乱行は目に余る。もしそのような事態になった場合は、言われたとおりにしようではないか」
こうしてディルは無事安部家の協力を取り付けることに成功する。
そして彼はそのまま捕り物にも協力し、義亜組の拠点に共に殴り込みをかけることになるのだった――。




