安部
「コウガ様とオルカ様の仲は……良好とは言えないな。少なくともここ最近は、名前を出してはいけないという暗黙のルールがあるくらいだ」
どうやらコウガとオルカの間に広がる確執は、ディルが思っていたよりもずっと深いようだった。
コウガの名を口にする時のタツミが、今まで見たことがないような苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「以前は姉弟仲も良好で、楽しそうに遊んでいる二人の姿を見ることも多かったんだがな……」
「それが壊れてしまったのはやはり、義亜組が原因なのですか?」
「それも一つ、というだけだ。やはり一番の原因は、コウガ様のコンプレックスだろう」
本来であれば、コウガが美空家を継ぐはずであった。
けれどオルカは文武両道に優れ、領主として非凡な才があった。
家臣団が支持したことで、嫡男であったコウガではなくオルカが領主の座に座った。
そのせいで平たく言えば、コウガはグレてしまったわけだ。
「その感情を、いいように利用されてしまったわけですな……」
「ああ……ディル、これは言うなよ?」
ひそひそと打ち明けてくれたところによると、オルカが自領のギャング達を撲滅させようとした理由には、徐々に食指を伸ばしつつあった義亜組のこれ以上の伸張を防ぐという目的もあったのだという。
なるほど、いきなりギャングを撲滅しようとしていたと聞いた時は驚いたが、そういう裏事情があったというのなら彼女の行動にも頷ける。
「ですがそれだと、義亜組の脅威は去ったのではないですか?」
「ゴブリンや羽虫と一緒だ。何事も根絶をするのは難しい」
義亜組の影響力は減ったものの、構成員や根と呼ばれる地域にいる連絡役などは未だに完全に潰せてはいない。
そういったパイプが未だ通じているために、関係性は未だ途切れてはいないのだという。
義亜組のこれ以上の進捗を許したくないオルカとタツミ。
そして美空家の問題を解決し、義亜組の潰すことで安部家にも恩を売っておきたいディル。 両者の利害関係は間違いなく一致しているはずだ。
「タツミ殿」
「なんだ」
「今日で日村組を抜けさせて下さい。わしは義亜組を叩きに行こうと思います。もし成功した暁には、再びオルカ様と話をする機会をつけていただけたらと」
「……詳しく聞かせろ」
自分達が千姫の擁立を目指していることを伝えると、タツミはなるほどな……と小さく頷いた。
ディルが何か目的を持っていることはわかっていたらしいが、まさかそういった理由だとは思ってもみなかった様子だ。
「いいだろう。オルカ様は基本中立だが、モトチカのせいでここ最近色々と苦労なされていると聞く。もちろん内容にもよるだろうが、そこまで無下にされることはないはずだ」
こうしてディルは短くも濃密だった日村組のボディーガードをやめ、再びイナリと合流するのであった。
現在まともにしっぽを掴ませない義亜組にダメージを与えるためには、悪事の証拠を掴み、相手の急所を握ってやるのが一番手っ取り早い。
だが今まで与力達が血眼になって探しても探せていないのだ。
当然ながら、普通のやり方ではまともに証拠を探すこともできない。
(この程度か……あっけないな)
だが重力を操作し毒を操り、あらゆる障害物や見張りを乗り越え動き回ることのできるイナリにとって、義亜組のアジトに忍び込む程度のことはなんでもなかった。
こうしてイナリは着々と証拠集めに奔走する。
そして悪事の証拠を集めてから、ディルに手渡した。
その手土産を手に、ディルは安部家の当主であるヨシロウのいる屋敷へと赴く。
ここから先は、再びディルの時間である――。




