対面
ギャング同士の抗争がひとまずの収まりを見せたところで、ディルはタツミの用心棒として美空オルカと顔を合わせることになった。
美空家の屋敷は鬼岩を西にいったところにある美九という街にある。
美空家が何もない荒れ地を開拓してできたというこの街は、鬼岩よりも落ち着いた雰囲気のある場所だった。
タツミはいつもの着流しではなく正装をしており、髪の毛もしっかりと固めてテカテカになっている。
その後ろを歩くディルもパリッとした和装に身を包んでおり、傍からみるとやり手の商人とその護衛のように見えなくもない。
「まずは連絡を入れたら、その後に空いている時間を告げられる。それまでは適当にしといてくれ」
「了解です」
街に入ったのは昼前、恐らく面会は夜分に行われるということなので、スケジュールに少し空きができた。
そのためディルは昼食を食べる場所を探しがてら、散策に出てみることにした。
匂いに釣られたディルがやってきたのは、露店の並ぶ区画だった。
治安もそれほど悪くはなさそうで、通る人も店をやる人も、皆その顔色は明るい。
これも美空家の手腕なのかのぉと思いながら、とりあえず目についた屋台の方へ向かっていく。
「いらっしゃい、豚焼きが安いよ!」
「一本くれ」
香ばしいスメルを香らせる店に行き、おすすめされるがままに豚焼きとやらを買ってみる。 豚焼きというから豚の串焼きなのかと思い金を出したが、手渡されたのは何やら船のような容器に乗せられた粉ものだった。
楕円形の寝られた小麦粉にこんがりと焼かれ、その上にソースがかかっている。
肉が食べられるとばかり思っていたので少し拍子抜けだったが、そんな気持ちは立ち上る湯気と美味しそうな匂いの前にはあっけなく霧散した。
「は、はふはふっ……熱いが、こりゃ美味いっ!」
早速パクつくと、じゅわりと中から肉汁が飛び出してくる。
小麦粉に覆われ熱が逃げていないので、口の中が火傷しそうなほど熱かった。
小麦粉のどっしり感と肉のジューシーさを、絡まったソースが調和させている。
生まれたマリアージュには、思わずディルもにっこりである。
「豚肉が小麦粉の中に入っているんじゃね」
「豚焼きを食うのは初めてかい?」
こくりとディルが頷くと、店主の親父がそうかいと説明をしてくれる。
豚焼きとはこの美九の郷土料理の一つで、古くから家庭の味として楽しまれてきたようだ。 中に入っている具材や、使っているソースの微妙な配分の違いによって何度でも違った楽しみ方のできる料理なのだと、親父さんは自慢げに語る。
ちなみに語っている間も、親父さんの目は目の前にある豚焼き器に釘付けだった。
彼は二本の太い針のようなものを使って、くるくると器用に豚焼きを回転させていく。
熱で汗だくになっているが、決して嫌々と働いているわけではなさそうだった。
汗が目にかからないようつけたねじりはちまきをつけて豚焼きを作るその様子は、どこか誇らしげにも見える。
何かに打ち込んでいる人はキラキラと輝いて見えるものだ。
ディルは玉の汗を流す店主の親父を見ながら、豚焼きを口に運ぶ。
「――あつっ!? でも美味っ!」
タツミが事前に想定していた通り、美空家の邸宅に入るのは夜分遅くということになった。 後ろ暗い人間を白昼堂々と屋敷に招くわけにはいかない、ということなのだろう。
「美空オルカだ」
「初めまして、ディルと申します」
「話には聞かせてもらっている。堅苦しいのは苦手でな、畏まる必要はないぞ」
顔を上げてみればそこには、興味深そうな顔をしてディルを見つめる美空オルカの姿がある。
ディル達の千姫救出のための作戦は、佳境を迎えようとしていた――。




