清濁
「おう、お前がディルかあっ!!」
ディルの目の前に居るのは、明らかにカタギではない男だった。
顔の右側に大きな刀傷があり、頭から顎の辺りを貫いている。傷が通り抜けている右目には黒い眼帯を着けており、眼帯には炎のマークが描かれていた。
見た目的には土竜の方がよほど強そうに見える。
その男はどちらかと言えば小柄で、筋肉もそれほどついているように見えない。
だが妙に凄みがある。
なんというか……何かを言われたら無意識のうちに頭を縦に振ってしまいそうな貫禄があるのだ。
なるほど、荒くれ者達を纏め上げる人間とはこういう人なのかと、妙に納得してしまう
「俺は日村タツミだ、よろしくな!」
「ディルと申します」
「なんでも随分と派手に暴れてきたらしいなぁ! ジジイのくせにやるじゃねぇか!」
バシバシと肩を叩かれる。
身体の小ささの割に力が強い。明日になったら、打撲になってそうなくらいにジンジンとした痛みがやってくる。
今日来たのは当然ながら目的があってのこと。
まどろっこしい言い回しや遠回りが嫌いそうなタツミの人柄を見て、ディルはいきなり本題から切り込んでみることにした。
「わしが日村組に入ったのはですな、気になる噂を耳にしたからでして」
「ほう」
「なんでも帰ってきた日村組が、何やら大きなことをするらしい……と。それならこの老いぼれも、そのビッグウェーブに乗ってみようかと思いましてな」
「なるほどな、正直なやつは好きだぜ」
その目論見は当たったらしく、タツミはニヤリと笑う。
どうやら何かをするらしいのは本当のようだった。
それがあまり法に触れないようなものだといいんじゃが……そう思うディルに投げかけられた言葉とは、
「――俺達は美空家と、秘密裏に手を組むことにしたのさ。強力の見返りに、こちらはスラムを統一する組織を作り、勢力圏を認めてもらう。どうだい、正直者でお人好しなディルにとっても、それほど嫌なもんじゃないだろう?」
タツミの説明はこうだ。
美空家はスラムを取り締まっていたギャング達を、徹底的に取り締まりすぎた。
そのせいでここ最近、スラムは小さな組がひっきりなしに争いを続けており、治安はむしろ取り締まりをし始めた頃よりも悪化してしまっている。
取り締まりのために衛兵達を動かすことも考えるとあまりにもコストパフォーマンスが悪いため、美空家は秘密裏にスラムの人間と手を組むことを選んだのだという。
美空オルカと言えば清廉潔白、魚も住めないほどに清らかな川というイメージがあったが、どうやらなかなかに清濁併せのむ人物であるらしい。
どうやら日村組がその相手に選ばれたらしく、今後日村組が多少強引な手を使って他の組と抗争をしても、お目こぼしがもらえるようになったということだった。
「他の組を抑え、場合によっちゃあ余所にまで出掛けて喧嘩をしなくちゃならねぇ。だがその分、報酬は期待しといてくれ」
「ははは……」
お金には困っていないディルは、とりあえず笑って誤魔化しておく。
まあなんにせよ、美空家の人間と接点を持つことくらいならできそうだ。
今回も今まで同様、他人の悪事を暴いて面識を持つはずだったというのに、気が付けばアウトローの一味に。
ディルは自分のうかつさに苦笑しながら、日村組の用心棒としてその名を馳せていくのであった――。




