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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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せっかち

 ディルが工房を表から出ようとすると、大男が彼を止める。


「こっちから行った方が早いぞ」


 素直に忠告に従い彼の背中を追い、工房を突っ切るような形で向かう。

 武器の並んでいた場所を抜けカウンター横の木戸を越えていき、蝋燭一本ない暗い通り道を抜けると、向こう側にはしっかりとした明かりが見えていた。

 思っていたよりも縦に長い作りになっているらしいわい。ディルは明かりへと近付いていくにつれ、それが明かりではなく炉に灯った火であることに気づく。

 その近くに、こちらを見て口をわななかせている一人の少年が見えた。

 

「お前はここで待ってろ」

「はいっ‼」


 そこにいた少年は、小柄で筋肉のついていない様子から考えるとどうにも女の子にしか見えない。短く乱雑に切られた髪は、赤い炎に反射して赤茶けて光っている。背丈は腰の曲がったディルよりも小さく、どこからどう見ても子供である。

 ジジイは彼の横を通り抜ける際、一声かけようかと振り返った。だがすぐに止め、首を戻して歩みを再開する。

 少年の瞳に浮かんでいたのは、親方と思われる大男への心配の念だった。

 言葉は厳しくとも、実際は優しい職人気質な人間だったのかもしれない。


(うーん……なんというか、早まった気がしないでもないの)


 何が正しいのかは実際に聞いてみないとわからない。だが喧嘩を売ってそれを買われてしまった以上、もう後には戻れない。

 まぁ、話が終わってから聞いてみればいいかの。ジジイは疑問を棚上げにし更なる光、外へ降り注いでいる陽光の元へと歩いていった。






 そこはディルが思っていたよりも本格的な練習場だった。

 かなり広くスペースが取ってあり、中央から全体に広がるように大きな円形の舞台がせり上がっている。そしてその周囲には藁や木の束、練習用と思われる武器の数々が置かれていた。

 あるのは明らかななまくらや失敗作と思われるものがほとんどであったが、まぁそれも当たり前のことではある。警備の人間を雇う必要のない、言ってしまえば取られてもそれほど困らないようなものをここに置いているのだろうと思われたからだ。

 後ろの方には工房があり、一応内部からこちらを見通せるような作りにはなっている。

 親方の命令を忠実に守るためか、あの少年がこちらに出てくるようなことはなかった。


「剣だったら好きなのを選んでいいぜ」

「了解じゃ」


 始めて木剣以外の武器を使う機会が模擬戦になるとは想像していなかったが、まぁこれも対人経験を積む良い機会じゃろうと気持ちを切り替えるディル。

 もしあの激怒がしっかりと的を射たものであるのなら、自分がなんとなくムッとしたのは完全にお門違いになるわけではあるが、それは別に気にならない。

 やりたいことをやって死ぬ、人の迷惑を考えるのはそれから。セカンドライフに妥協はしないストイック爺は慎重に獲物を選定する。

 明らかに先が細い物、片刃の物、鍔に特徴的な意匠が施されており相手の剣を引っかけられるようになっているもの。実にたくさんの種類があったが、ディルは迷わずに少し細目の直剣の両刃刀を選んだ。

 理由は単純で、中で一番木刀に近そうだったから。試しに二度ほど振ってみると、特に問題なく動かすことが出来た。手首を捻り角度を調節することも、少しだけ指を動かして微妙に刃先を動かすことも十分に出来る。

 少しばかり木刀よりかは重かったが、十分に扱える範囲の重量である。


 ディルが剣を取り後ろを振り返ると、大男は刃を潰した斧を持っていた。

 かなり重量のある鉄斧を掴まずにクルクルと回しているその様子は、明らかに熟練者のそれである。

 先ほどは少しばかり別の意味をこめて言ったが、今はそれが本心に変わっていた。

 自分のようなスキルで手に入れたものではない、純然たる努力により培われた技量。

 この戦いで何か掴むことが出来れば、儲けものじゃの。ディルは転ばないようにしっかりと目を凝らしながら段差を乗り越え、少し盛り上がった壇上へと上がる。


「よし、やるか。勝利条件は特にないが、ああ終わったって思ったら終わりだ」

「適当じゃの」

「それくらいがいいんだよ、こういうのは」

「わかったぞい」


 ディルは即座に見切りを発動、相手の動きを捉え全力で移動し、脇腹に思いきり鉄剣を叩き込んだ。


「……おいおいじいさん、随分手癖悪いな」

「悪いがわしは、せっかちで……のっ‼」

 

 開始の合図すらない状態で放たれたディルの奇襲ぎみの一撃から、二人の戦いが始まった。

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