長砂国へ
「やはりおじいちゃんは、正義の味方になるべきですわ!」
「正義の、味方……?」
それはディルが双爪国を去ろうとしていた時のこと。
アキコに呼び出され、当主であるフミナガと対面を終え、よし今度こそ出て行こうと思ったタイミングだった。
「ディルさんこそが、ヤポンの希望になるべき存在なのです!」
「……はぁ」
気のない答えを返すディルに、アキコが喝を入れる。
「そんなことでどうするのですか!」
「……と、言われましても……」
ディルはそんなに目立たず裏で動き、なんとかして有力者たちとつなぎを作ろうと必死なのだ。
そもそもご当主に会うためにはなんらかの行動を起こさなければいけないため、既に結構目立ちつつあり、当初の予定は既に破綻気味なのだが……それでも下手に有名になって、無用な心配をしたくはない。
正義の味方というのがどんなものなのかはわからなかったが、そんなことをしては絶対に目立つだろう。
けれどそんな風に消極的なディルに対し、アキコは自説を曲げなかった。
「これはきっと、おじいちゃんのためにもなることですわ! おじいちゃんはこの六国の人達と、よしみを通じたいと思っているのでしょう?」
アキコに自分の目的を語ったことはない。
それをそのものズバリと当てられ、狼狽するディル。
嘘がつけない様子に、隣にいたイナリがはぁと大きなため息を吐く。
「でしたら弱きを助け強くを挫くという謎の老人として活躍すればいいのです! 情けは人のためならず。人助けを続けているうちに、謎の老人の高名は轟いていけば、誰もがその人物のことを捨て置けなくなるに決まっています!」
アキコの目はキラキラと輝いていた。
どうやら本気で言っているらしい。
(冗談で言っていないから、適当に流すわけにもいかないしのぉ……)
変装して孤児院を回っていたりと、アキコは自分の素性を隠して何かをするということに憧れている節がある。
どんな風に言えばいいのか考えていると、意外なところから助け船が出た。
――予想外の方向への、助け船が。
「案外……ありかもしれないぞ」
「……え?」
何やら考え込んでいた様子のイナリが、突然そんなことを言いだした。
ディルとしても、彼女にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。
元々極力目立たぬようになんとかしたいという考えは、本来ならこの国にいてはいけないイナリと、そもそもが外様の異国人である自分の素性を隠さなければというところから来ている。
それなのにどうしてそんな結論が出るのか。
「そもそも既にお前は有名になりつつある。六国と八州の大名にお目通りが叶っているという時点で、大分普通ではないことだ」
「ふむ」
「ある程度情報が出てしまうのであれば、いっそのこともっと派手にやってしまった方がいい。そうすれば灯台下暗し的に、私の影も薄れるだろう」
現在はディルが頑張り、イナリはなるべく目立たぬよう徹してもらっている。
たしかに今後のことを考えれば、イナリがその力を発揮できる場は必要だ。
ディルとイナリが変装して正義の味方として活躍するのなら、たしかに色々とできることの幅が増える。
民からの人気が出れば、それだけで有力者もディルたちのことを無碍にできなくなる。
もちろんそれに伴って面倒ごとも起きるだろうが、それよりも二人がきちんと力を発揮できる場があった方がいいだろう。
アキコに半ば押し切られる形で、ディルの基本方針は大きく変わったのだった。
そして――。
「ここが……長砂国」
「……」
ディルは六国のうち五つの領主と話をし、とうとうやってきた。
イナリが法を犯してまでやってきた目的である――千姫のいる、長砂国へ。




