どうして
小康状態とはいえ未だ争い自体は続いている六国の間では、情報の行き来はそれほど盛んではない。
けれど儲けを求めて命をかける商人というのは、どこの世界にも存在する。
そのため情報は完全に遮断されているというわけでもなく。
情報の受け渡しをするパイプは、細くはあるものの完全にゼロというわけではない。
物資の往来に併せて、巷の間では流説なんかも出回るようになる。
民というのは熱しやすく冷めやすい。
流言は流行り廃りが激しくくるくると入れ替わるものだ。
そして近頃、巷で流行るようになったとある話がある。
「今度は狛国に出たらしいよ」
「ほう、私は柳楼国での一件の新たな情報を聞き及びましたぞ」
それは……一人の正義の味方の男についての噂だった。
その男は弱きを助け、強気を挫く。
東に暴利に苦しみ、娘を差し出そうとしている人あらば、悪徳商人の悪事の証拠をバラしてつるし上げ。
西に貴族に手込めにされそうになっている女子があらば、貴族がしていた悪事の証拠を実に鮮やかに暴いてみせる。
どこにいるのかもわからず、その所在は神出鬼没。
ある者は彼を忠義を誓った主を失ったサムライだと言い。
またある者は彼のことを、お忍びで市井を見て回り悪を懲らしめる代官だと言った。
けれどいくつかわかっていることもある。
その男には、何人かはわからないが仲間がいること。
そしてその男は――老人だ、ということだ。
それは狛国のとある屋敷の中。
女性の甲高い悲鳴が響いていた。
「おっとさんっ!」
「セツコッ!」
セツコと呼ばれた女性の顔は、やつれていた。
彼女の視線の先にいるのは、後ろ手に縄で縛られ、地面に倒れている男。
彼はセツコの父であるフミオだ。
セツコは男手一つで自分を育ててくれた父へ、手を伸ばす。
けれどその白く細い手はすぐ側にいた、人相の悪い男に掴まれてしまう。
「へ、へへへっ」
下卑た笑い声を上げる男の名は、ルショーワ。
ひょろっとした身体にモノクルをかけている、青白い顔をした男だ。
彼はここら一帯を取り仕切る商会の元締めであり、色々と黒い噂の絶えない人物でもあった。
彼はとにかく好色な男で、自分が気に入った女子を見つけては、なんとしても手込めにしようとする。
セツコもまた、ルショーワに見初められてしまったせいで人生が大きく変わってしまった、ルショーワの被害者だった。
法に触れることも厭わないルショーワの妨害行為によって、フミオの金物屋はあっという間に立ちゆかなくなり。
人のいいフミオはルショーワが仕掛けた罠にひっかかり、気付けば莫大な借金を背負ってしまい。
借金のカタにセツコをルショーワに渡さなければいけないという状態まで追い込まれてしまっていたのだ。
「セツコ、セツコっ!」
「あ、安心するといい。この子の面倒は最後まで見てやるとも」
そう言ってセツコの腰に手を伸ばすルショーワ。
セツコはビクッと身体を震わせ、唇を噛む。
ギュッと目をつぶる彼女の目からは、つうっと一本の光の筋が――。
「そこまでじゃ!」
「なっ、だ、誰だッ!?」
気付けば驚くルショーワの後ろには人影があった。
そこにいたのは――ヤポン風の着流しに身を包んだ、黒髪の老人の姿だった。
「わしは誰でもない。ただの正義の……味方じゃよ」
「お、お前はまさかっ!? 今巷を賑わせているあの――」
老人――ディルは、はは……とわずかに苦い笑みをこぼしながら腰に差した剣に手をかける。
「いかにも。目に余る狼藉に、天誅を下させてもらうぞい」
「――はっ! 者共、出会え出会えいっ!」
キンキンキンキンキンッ!
どうしてこんなことになったんじゃろう……。
剣と剣を打ち合わせ、やってくるサムライ達を次々と倒していくディルは、遠い目をしながらもばったばったと敵をなぎ倒していく。
「御主の悪行もこれまでじゃ。既に証拠は集まっておる」
「くっ――くそおおおおおっっ!」
こうして事件は一件落着した。
……ディルの心は、まったく落着しないまま。
なぜこんなことになったのか。
ディルはそう思いながら天を見上げる。
その原因は、アキコと別れる時にまで遡る――。
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