不審者
「ずいぶんと懐が軽くなったの」
「バカみたいな使い方をするからだ、まったく……」
ディルがポンと軽くなった巾着袋を叩くと、それを見たイナリが腕を組みながら眉を顰める。
けれどつっけんどんな彼女の態度は、本当に嫌がっている風のそれではないことが、付き合いも長くなってきたディルにはわかる。
そろそろ整えなければいけないほどに伸びてきた髭をしごきながら、ディルは微笑む。
(我ながら、良い使い方を思いついたもんじゃ)
ディルは持っているお金を――この街の孤児院と冒険者ギルドの二つの施設に渡した。
無論、孤児院に渡した理由はより多くの子供達を受け入れることができるようにするための献金だ。
ちなみに自分から財布をスろうとしたあの子は、今孤児院に入ってもらっている。
できれば更生してそれ以外の生き方を身につけてくれればと、ディルは願ってやまない。
そして冒険者ギルドにお金を渡した、というか支払ったのは、孤児院に冒険者を派遣するためだった。
孤児院出身の子供達が行ける場所の選択肢はそれほど多くはない。
手に職をつけるように丁稚としてどこかに雇われるか、どこかに見習いやお手伝いとして扱き使われるか、或いは一攫千金を夢見て冒険者をやっていけるようにするかだ。
そこまで金銭的に余裕がある人が多くはないこの双爪国で一番多いのは、やはり冒険者になる子達だという。
であれば将来的に彼らが上手く活動できるように、冒険者を派遣して基礎的なことを叩き込んでもらう。
そして孤児院を卒業した者達の中に冒険者として活躍できる者が生まれれば、彼らが孤児院にお金を回すことで、このサイクルは上手く回ってくれるようになるだろう。
もちろんディルが渡した程度の金でできることなどたかがしれている。
(でもこういうのは気持ちじゃから。やらない善よりやる偽善、というやつじゃね)
千姫救出のために使える資金は少なくなってしまったが、目の前にある悲劇を前に傍観者を決め込むよりは、こちらの方がずっと気が楽になった。
使ったお金の分くらいは、ディルが自分の身体を張ってなんとかできるはずだ。
「この後はどうするんだ?」
「こっちの金は使ってもいいお金じゃから、もう一件だけ孤児院に行こうかと思っておるよ」
「……そうか」
会った時はぷりぷりとしていたイナリから、既に怒りは消えているようだった。
彼女は儚げに微笑んでから、前を見る。
そこにはみすぼらしい格好をした少女がいた。
首から紐をかけていて、胸のあたりに箱を持っている。
近付いて覗いてみると、中に入っているのは不揃いなリンゴだった。
どうやら八百屋の人間から、安く譲ってもらったものを売っているらしい。
「お一ついかがですか?」
「……三つくれ」
「ありがとうございます!」
イナリはぶっきらぼうに金を渡し、二つのリンゴを手に持つ。
そして最後の一つを、少女に差し出した。
「食え」
「え、でも……」
「いいから食え」
しゃくしゃくとリンゴを食べる少女が、花のような笑みを見せる。
それを見たイナリは、少しだけ笑った。
彼女はディルが『見切り』を使わなければいけないほどの速度でリンゴを放ってくる。
そして、
「ディルの偽善が、移ったのかもしれないな」
リンゴをかじりながら歩き出す。
そしてディルはその後をついていくのだった――。
それはディル達がリンゴをかじりながら物見遊山をしている時のこと。
ディルが回っては寄付をした孤児院の一つである『セキウン孤児院』に来客があった。
「お久しぶりです、院長先生」
「――これはこれはっ! わざわざご足労いただきありがとうございます――アキコ様」
「あら、私はさすらいの旅芸人アッキーですわよ?」
「ふふ、そうでしたね」
やってきた少女は、変な格好をしていた。
頭にはほっかむりを被り、顔を隠すように口許は布で覆われ、そしてサングラスをかけている。
どこからどう見ても不審者にしか見えない彼女を見ても、院長先生の様子はまったく変わらなかった。
「相変わらず子供達は元気ですわねぇ。でもなんだかちょっとはしゃぎすぎな気も……?」
「ああ、それがですね……」
院長先生から話を聞いた少女は、最初はうんうんとただ頷くだけだった。
しかし話を聞く度に首の動きは大きくなっていき、最後の方には目をキラキラさせながら話に聞き入っていた。
「なんて素晴らしいおじいちゃんでしょう! 私、是非一度会ってみたいですわ!」
「どうやら他の孤児院を回るようでしたよ、もしかしたらまだ回っている最中かも……」
「なんですって! こうしてはいられませんわ!」
不審者の少女は院長先生が言い終えるよりも早く駆け出しており、気付けばその姿は見えなくなっていた。
「あらあら、アキコ様は相変わらず元気ですねぇ」
不審者の少女の正体は――この双爪を治める長門家の三女であるアキコ。
ディルが子供を見捨てられずにやった行動は、図らずも予想外の方向に進展を見せるのだった――。
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