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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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少年


 双爪国の名所を通りを歩く人達へ聞きながら、ディルはゆっくりと歩きだす。

 その手にはおはぎという米を餡で包んだお菓子を持っていて、完全にお上りさん丸出しである。

 笹の葉にくるまれたそれを、口に入れる。


 まずやってきたのは餡の暴力的な甘み。いったいどれだけ砂糖を入れたのだろうと、ちょっと健康被害を心配してしまうくらいに甘い。

 だが少しすると、もち米と呼ばれる粘り気の強い米が口の中で存在感を示し始める。


 餡による強烈な甘みと、噛むとジワジワと現れる米本来の甘みが混ざり合い、ディルの口の中はヘブン状態だった。


「もっちゃもっちゃ……双爪国の名所と言えばどこになるのかの?」

「……そうだな、双爪の名称の元になったという双頭の龍の銅像なんかは集合場所になることが多い。あとここらでは有名なおにぎり屋と茶漬け屋が――」


 イナリは不服そうな態度を隠そうともしなかったが、質問にはきちんと答えてくれる。

 そして恥ずかしいと思ったのか、口の端に餡のついているディルの口許をサッと拭ってくれる。


 ありがとうと礼を言うと、がるるっと唸られた。

 少しだけシュンとしながら、ディルは少しだけ歩く速度を上げる。


 ――イナリは双爪国での有名スポットのほとんどを知っていた。

 近くにある、国全体から見ればさほど重要ではないところまで知り尽くしている。

 さすがは広範囲に情報を扱う仕事をしていただけのことはある。


 ディルが誉めると、イナリはまた吼えた。

 どうやら機嫌はまだまだ治らないらしい。


 しばらく待つしかなさそうじゃの……と顔を前へ戻す。

 通りを歩く人達の数はさほど多くない。


 ここは双爪の中では三番目に大きな街だという話だったが……どうやらそこまで栄えてはいなさそうだった。


 街行く人達の顔を見る。

 どうやら暮らしぶりも、そこまでよくはないらしい。


 着ている服が相羅より粗末かと言われるとそんなことはない。

 だが少し肌色が悪い人が多いように思えた。

 そしてどこか、元気のない人が多いようにも見える。


 どうやらこの国では、民達の幸福度はさほど高くないようだ。

 イナリがいうところの戦乱の世、というやつが人々を不幸にしているのだろうか。


 ディルは自分達が貧しいながらもそこまで不自由のない暮らしができていたジガ王国に生まれたことを心から感謝した。


 そしてヤポンと一括りにしても、金が飛び交う出鳥島もあればこの双爪のような民が辛そうな顔をしている場所まで色々とあることに心を痛めた。


 ふぅ、とため息にはならない短い吐息を吐き出すと、彼の直感が何かを感じ取った。

 『見切り』の強制発動はない、故に危機が迫っている切羽詰まった状態ではない。

 ではいったい、何が……そう思うディルに、とんっと軽い感触があり、思わず立ち止まってしまう。


 見れば目の前には痩せた少年の姿があった。

 身長はディルの胸の辺りまでしかない。


「おっと、気を付けるんじゃ――」

「おいガキ、何してる」


 ディルが少年を気にしながらとしたところで、イナリが少年の腕を掴んだ。

 彼女は少年のか細い腕をグイッと捻り上げる。


「イナリ、何を――」


 ディルが最後まで言い切るよりも早く、少年の手のひらから何かが落ちる。

 見間違いでなければそれは、ディルが先ほどまでポケットに入れていた財布だった。


 ささっと身体を確認すると、やはり財布がなくなっている。

 ぶつかった瞬間の衝撃に合わせ、スッと抜き取ったのだろう。

 まったく気付けなかった。


「スリの手口はよく知っているからな」


 そう言って少しだけ遠い目をするイナリ。

 その様子を見たディルは、以前彼女がスリをして生計を立てていたという昔話を思い出した。


「ディル、与力に引き渡すぞ」

「じゃけど……」

「はあぁぁぁぁぁぁ……」


 大きなため息を吐くイナリ。

 ディルが何をしようとしているか理解しているからこそのクソデカため息である。


 イナリがバッと手を離した。

 すると半ば倒される形になっていた少年がゆっくりと立ち上がる。

 痛みを感じているからか、しきりに腕を擦っていた。


「そこの坊ちゃん」

「……なん、ですか」

「これを食べるといい」


 そう言うとディルは、後で食べておこうと思い取っておいたおはぎを少年の手のひらに載せた。

 きょとんとする少年の頭を軽く撫で、ディルは再び歩き出す。


 後ろを振り返ってみれば、彼はもらったおはぎをガツガツと一心不乱に食べていた。

 ディルの気持ちが少しだけ軽くなる。


「偽善だな」

「わかっとるよ」

「気安めにしかならん。あいつはまた明日には、スリとして生きていくことになるぞ。ああいうガキは、それしか生き方を知らんのだ……」

「……そうじゃね」


 イナリの過去のことも思い出してしまい、ディルの心はまた重くなる。

 そして先ほどスられかけた財布ではない、グリフォン討伐でぎっちりとお金の詰まった巾着袋が重たい音を鳴らす。


 ディルに名案が浮かんだ。

 どうせ持ち帰ることはできない金だ。

 それなら自分が遊楽に使うよりも、有益な使い方をした方がいい。


 ディルはそのまま来た道を戻り、手のひらについたあんこを舐めている少年にもう一度話しかける。


「そこの少年、ちょっとええかの?」


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