いらん!
「とりあえずあん団子を二つ、このお店はみたらしがやっぱり一番自信があるのかの?」
「はい、名前にもなってますからね」
「それじゃあみたらし団子も……イナリも食べるかの?」
「いらん!」
「それなら二つお願いしようかの」
「かしこまりました!」
元気に走り去っていく給仕の女の人を見送るディル。
なるべくなら視線を彼女に固定したまま、団子屋を出たい。
そう思っていたのだが、彼女は注文を伝えるとすぐにすだれをめくって奥へと入っていってしまった。
見えなくなった女性から、仕方がないのでなけなしの勇気を奮い立たせて前を向く。
するとそこには、ふしゃーっ! とディルのことを威嚇するイナリの姿があった。
猫耳が逆立ち、引き上げられた上唇からはキラリと光る犬歯が覗いている。
「――それじゃあ聞かせてもらおうか」
イナリの様子を見れば、逃げられないのは明らか。
それにディルとしても、色々と言わなければいけないこともあった。
この『だんご皆たらし』では、誰かに聞かれる心配はしなくてもいいとのこと。
なのでディルはおっかなびっくりとではあったが、まずはしっかりと説明をすることにした。
「――ふむ、なるほどな?」
語尾が上がって疑問形になっているイナリ。
その額には青筋が浮かんでいた。
「それでお前は、目立つなという私の忠告をまったく聞かずに、相羅で暴れ回ってグリフォンを倒し、領主に謁見をしたと、そういうわけだな?」
「やってきたことを並べていくと、そういうことになるかの?」
「なるかの? ……じゃないっ! あれほど変なことをしてくれるなと事前に言っただろうが!」
イナリは激怒した。
そしてディルはしゅんとした。
それを見て逆にイナリの方が、申し訳ないという気持ちに駆られてしまう。
困っている人を見たら助けずにはいられないのは、ディルの性である。
イナリがどうこう言おうと、変えようがない彼の根っこの部分なのだ。
だからあまり詰めすぎるのも、酷というものだろう。
ただ責めるだけではなく、いいところも見てあげなくてはいけない。
老人でありながらどこか子供っぽいディルの仲間をやっていこうとするのなら、これしきのことで怒っていてはダメなのだ。
「じゃけど、いくつか良かったこともある」
「儲かったところか?」
「いや、別にお金はどうでもええよ。そりゃまあ、こっちに来るのにかかった分を差し引いても余裕でプラスにはなったけども、そこまで大事なことじゃあない」
グリフォンはヤポンでは滅多に見られない魔物ということもあり、その素材の売却益と依頼の報酬は破格のものだった。
おかげでディルは今や小金持ち。
ヤポンのお金をジガでしっかり両替できるか、戦々恐々とするほどに余裕ができた。
「加賀美家とコネができたところじゃよ。謁見もしっかりできたし、顔も覚えてもらえた」
「……ふふっ、もう何も言わんさ、私は」
どこか諦めたような顔をするイナリ。
実はディルは当主に一つお願いをしたのだが……それを言うタイミングは今ではない気がした。
ヤポンに入ってからのイナリは、どこか変……というか、いつもとは何かが違う。
恐らく――今すぐにでも千姫を助けなければと、気が気ではないのだろう。
何をするにも急ぎがちだし、とかく気が逸っている場面が多く見られた。
それではダメだ、とディルは思っている。
もし今も千姫が生きているのなら、救出が一月二月遅れたところでどうにかなるわけではないだろう。
だから千姫救出、あるいはその後に響くであろういい要素であっても、言うのは得策ではない。
功を焦る余り失敗してしまっては、元も子もないのだから。
「ちなみにジガで両替ってできる?」
「可能か不可能かで言えば可能だが、足が付くぞ」
「それじゃあ、どこかでバッと使わなくちゃいかんの……」
両替という選択肢がなくなったディルだったが、さほど落胆はしない。
今後長砂で起こるであろう、千姫関連のゴタゴタ。
どんなことが起こるかもわからないし、お金があればできることも増える。
千姫救出のために使うことができるのなら、それ以上の使い方もないだろう。
ディル達はとりあえず仲直りの握手をしてから、双爪国を巡ることにした。
ここから先は全てが六国。
手を取り合うのか、潰すのか……しっかりと考えなければならない。
何が一番千姫救出に役立つのか、というだけではなくその後。
千姫を助け出し、長砂国当主として就かせてからどのような関係を築くかというのも重要だ。
考えなければならないことは多い。
ディルは政治に疎いし、あまり難しいことはわからない。
まずは情報収集あたりから始めようかの、とゆるりと双爪を回ってみようと決めた。
「そんなことをしている暇があると思っているのか?」
「暇はあるないではなく、作るか作らんかじゃとわしは思うよ。あまり気張らずに、ゆったり行くのが一番じゃて」
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