動く
ことの発端は、お菊のお父さんであるお銀という男にあるらしい。
お銀は優しいが、その分だけ人に甘く、商売という仕事におよそ向いていない人間だった。
彼は早くから母を亡くしていたお菊を男手一つで育ててくれたらしい。
二人はそれなりに幸せに暮らしていたが、その時間は長くは続かなかった。
いくつか商売をしていたお銀は、その優しさのせいで色々と失敗を重ね、徐々に稼業が上手くいかなくなっていった。
そこにトドメをさしたのは、彼が保証人になった親友の雲隠れだった。
昔からの信頼があるからと保証人になってしまったお銀は莫大な借金を背負う羽目になってしまう。
ただ最低限お菊のことを考えていてくれたらしいお銀は、自分が祖父の代から代々受け継いできたこの団子屋の土地だけは、既にその権利を我が娘へと移していた。
既にお菊はお銀とは借金をした段階で縁を切っている。
そのため、父の借金を彼女が肩代わりしなければいけない理由はこのヤポンの法律においては存在しない。
けれど世の中には、法律という道理が通らない世界の住人というやつがいる。
あのドタマは、そんな裏社会の典型的な住人だった。
彼はいわゆる悪徳商人というやつで、善良な商人を装いながら、裏社会と非合法な繋がりを持っているのだという。
裏ではあの手この手を使い、違法な取引を行って不正な蓄財を行っているらしい。
どこの国にも、そういう手合いはいるものなのだろう。
彼はなんとかしてお銀からの借金を取り立てるため、あの手この手を使って揺さぶりをかけてきているとのことだ。
今はこの団子屋がまともにやっていけないように妨害を続けているらしい。
あれやこれやといちゃもんをつけたり、強面のドタマの手下による営業妨害を続けてまともに店をやっていけないようにしたり、材料を売らせないよう他の商人達に圧力をかけたりと……それはもうやりたい放題らしい。
まともに商売ができないように追い込んでこの店を無理矢理手に入れるか、もしくはお菊を夜の世界――いわゆる風俗業界へと落とそうというのが、今のドタマの目的らしい。
彼が時折お菊へと見せていた下卑た視線。
ディルは枯れているとはいえど、その意味を理解できないほどに鈍感ではなかった。
「それほどの無体が許されているとはの……」
「ドタマはこの街の与力と繋がってるからね。少々の問題は袖の下を通せば解決しちまうのさ」
与力というのは、このヤポンにおける衛兵のような存在らしい。
どうやら無茶ができているのも、貴族とは言えないまでも、その下にいるような、いわゆる地元の権力者とのコネを持っているかららしい。
はて、とディルは髭に手を当てながら考える。
異国の地とは言えど、このような無体を許すつもりはディルにはない。
グスラムの街でしていた時よりもずっと強く、速くなったディルであれば、前よりもずっと上手く武力による脅しをすることもできるだろう。
諜報に長けたイナリがいないのが悔やまれるが、あの時ミルヒを助けた時よりも、今の自分はずっと上手くやれるはずだ。
そのために必要なもの、今のディルが真っ先に話をつけなくてはいけない相手は――。
(この相羅の国を治める加賀美家の当主……そことなんとか話をつけ、下の者を取り締まってもらうしかあるまいて)
方針は決まったと、ディルは団子を食べきってから立ち上がる。
そして不安そうな顔をしているお菊の方を向いた。
時折覗かせていた暗い表情。
それを払拭してやるために動くのは、なかなかどうして悪くはないように思えた。
「お菊や、一つ案内してほしい場所があるんじゃが……」
こうしてディルは、この相羅で動き出すのだった――。
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