ヤポン
ヤポンという国の実態を知っている人間はほとんどいない……と思われがちだ。
だが実際の所、この国はそこまで神秘のヴェールに包まれた、完全に謎に包まれた場所というわけではない。
完全にあらゆる交易を絶てば、ヤポンという国の中であらゆる活動が停滞してしまう。
大陸で進んだ文物が開発されたり、より効率良く収穫のできる新たな穀物でも発見されようものなら、それをなるべく早い段階で取り入れなければ、他国から様々な面で取り残されてしまうことになる。
そのためヤポンには、三つの出入り口が存在している。
そのうちの一つに、南西部には出鳥島という人工島が存在している。
そこでは大陸との交易が、限定的ながらも許されている。
商人はこの島の上であれば上陸が可能であり、金や対価さえ払えば交易をなんら問題なくスムーズに行うことができるようになっている。
そんな出鳥島の夜は、異様な雰囲気に包まれる。
ヤポンの人間と比べれば、ジガを始めとする大陸の国の人間の方がずっと金を持っている。
交易の規模が小さかったり、ヤポンそのものが小さな国だったりとその理由は色々あるのだが、今それはいい。
大事なのはその異国人をターゲットにした、様々な娯楽が行われるということだ。
そして出鳥島の夜は、魑魅魍魎の集う合法非合法を問わぬお祭り騒ぎとなる。
外国人を対象とした娼館は一度商いが始まれば連日賑わうようになり、なんとかして金を稼ごうとする女性達がそこかしこにふらつくようになる。
荷運び人や庶務担当、本来真面目な仕事の名目でやってきた彼女達は、夜になれば真面目な仕事の仮面を脱ぎ、臨時収入を得るべく張り切るのである。
だがそれらは、顔をしかめられることはあろうともあくまで合法。
自由恋愛の結果金銭が発生しても、それはただお小遣いをあげているだけでしかない。
売春行為は倫理的にはダメでも、ヤポンの法律では禁止されてはいないからだ。
しかしあくまでも強引に行われた性行為、つまりは強姦はもちろん違法である。
だがそんな不法が事と次第によってはまかり通るというのが、この出鳥島の深い闇であった……。
「いやあああああっ!」
「よいではないか、よいではないか」
屋敷の中で、着物を着た女性が、一人の男に追いかけられている。
女の方は和服と呼ばれるヤポン式の衣服を身につけており、その髪と瞳は闇を吸い込むように黒い。
顔立ちは全体的に薄めで、パーツごとの彫りが浅い。
ヤポンに暮らすヤポン人には、このような特徴を持つ者が多かった。
対し男の方は、金髪碧眼の大男だ。
縦にも横にも大きく、お腹周りは樽のように広がっている。
歩く度にドスンドスンと音が鳴り、その度にあごの下にある肉がブルブルと震えていた。
ここは異国人向けにヤポンが貸し出している家屋の中であり、女は長い廊下を走り、男から必死になって逃げている。
女の方は、出鳥島へ出稼ぎでやってきた、この屋敷の掃除を担当する雑役と呼ばれる職の人間だった。
対し彼女を追いかける男の方は、ヤポンから正式な認可を受けて商いをしているジガ王国の人間だ。
金を使って現地人の女性を雇い、夜になれば金に飽かせてその女を抱く。
それが意に沿うものであれば何も問題はなく、意に沿わず抵抗をされたとしたらそれはそれで楽しめる。
この太った男は、そういう手合いのゲスだった。
彼は現地の役人に鼻薬を嗅がせることで、この不法をなし崩しでうやむやにさせている。
抵抗する現地人を無理矢理襲うのも、今回が初めてではなかった。
「ぶ、ぶひっ、ぶひぶひっ!」
「ひいいいいいいいっ!」
鼻息荒く、全身から汗を噴き出しながら走るその醜悪極まりない様子に、女がたまらず叫ぶ。
そして同時にドンと、廊下の突き当たりに来たことで彼女の逃走先は消え失せた。
「お、おやめくださいまし……」
「なぁに、すぐに終わるさ。天井のシミでも数えておけばすぐだ。終われば大量の金をやるぞ。小判を五枚やろうじゃないか」
ジリジリと迫る男。
静かに首を振り……そして全てを諦め、さめざめと泣く女。
彼女は自分の操を立てられずに終わることが悔しくてたまらず、ぎゅっと口を引き結び、歯を噛み締める。
想像した男の太い指の気味の悪い感触は……しかしやってはこなかった。
「え……?」
おそるおそる目を開けるとそこには、なぜか意識を失っている男の姿がある。
そして何故か、その隣には見知らぬ一人の人間が立っていた。
年齢は……とにかく高い。
髪の毛が真っ白で、髭も白くて、そして顔にはいくつものシワがある。
けれど高そうな年齢の割には姿勢がしゃんとしていて、動きもキビキビとしていて力強い。
この人はいったい、何歳なんだろう。
というかなんでいきなり現れたんだろう。
頭の中がパニックになりかけているところに、老人から声をかけられる。
「大丈夫じゃったかの?」
「は――はいっ、助けてくれて、ありがとうございますっ!」
「いやいや、叫び声が聞こえたから来たんじゃけど……結構危ないところじゃったね」
それだけ言うと、目の前にいたおじいちゃんは踵を返し、屋敷を出ていこうとする。
引き止めるのも悪いと思いそのまま見送っていると、視界の先にまた新たな人影が現れた。
そこにはシノビ装束を着た、一人の女性の姿があった。
見ればどういうわけか、おじいちゃんが女性に殴られている。
すわ老人虐待かとも思ったのだが、なぜか殴られた側のおじいちゃんがニコニコと笑っているのを見て、毒気が抜けてしまった。
人間関係というのは複雑で、他人がどうこう言えるような代物ではない。
そしてあっという間に、二人の姿は闇に溶けて消えていってしまった。
「いったい……なんだったんだろう?」
走って掻いた汗を拭きながら、彼女はコテンと首を傾げる。
けれどこれ以上面倒ごとになってはごめんだとすぐに思い直し、急ぎ屋敷を出てふるさとへ帰るのだった――。
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