さて、それでは……
『自分もずいぶんと迷宮行が楽になった』
黒騎士は相変わらず、本当にたまにしか喋ってはくれない。
けれど筆談をするのにも随分と慣れてきた。
彼もディル達に慣れてきたからか、最近ではジェスチャーが前より大げさではなくなったような気がする。
「黒騎士も、今では立派な前衛じゃよね。ソロでやっていたのが、もうずいぶんと昔のことのように思えてくる」
思えば黒騎士は、最初はソロでやっている狂戦士と噂の男だった。
だが会ってみると意外に真面目だったり、感情表現が豊かだったり……案外と人間味のある男だった。
顔立ちも中性的で、おまけに予想外なことに両性具有……つまりは両方の性器を持っているというかなり特殊な身体的特徴を持っていたりもしたが、今では彼も立派な仲間だ。
最初は武具に籠もっていた呪いによって振り回され、ディルと戦闘になることもあったが……今では彼も無事に呪いを乗り越えることに成功し、意のままに扱うことができるようになっている。
黒騎士もウェンディ同様、今ならば問題なく他の冒険者達と組むことができるだろう。
彼とウェンディが、紆余曲折を経ながらも他の者達と協調できるようになったのは、ディル達と共に歩んできたからだ。
ここにはいないが、きっと今も冒険者ギルドで一生懸命働いているであろうシアもまた、ディル達と関わることで運命を変えた人間の一人だ。
ディルはイナリに頼みシアの父の身体を酒への依存症から脱け出させるための手伝いをした。
おかげでシアは今ではギルドの公式ガイドを辞め、ギルドの内側の事務員として働いている。
親子仲も良好そうで、時たま二人で合作した絵が送られてくることもあった。
今ディルが寝泊まりしている宿の壁には、一枚の絵が飾られている。
シア達が送ってくれたその作品には、ディル達『無銘』の四人の姿が描かれている。
そこにいる四人は、皆笑っていた。
快活に、そして明朗に。
「……わしは」
イナリを治すためのアーティファクトが見つかったわけではなかった。
けれど、治すための方法も見つかり、そのために必要なものもわかった。
彼女のことを、もっと深く知ることもできた。
困っている誰かを、助けることだってできた。
そしてルビーアント達を討伐するのに一役買うことだってできたのだ。
サガンに住む人達を、そして……ディルがここに来て見つけることができたものは、たしかにあった。
自分がしたことは、決して全てが徒労に終わり、無駄になってしまったというわけではないのだ。
ディルがこのサガンの街に残したものは、たしかにあった。
今この酒場にも、そしてここ最近好景気に沸いている、このサガンの街にも……。
「サガンに来てよかったと、心の底からそう思うよ」
ディルの言葉に、イナリが、ウェンディが、黒騎士が笑う。
それに釣られて、ディルも笑った。
「爺はずいぶんと強くなったよな」
「うん、それは本当にそう」
ディルはこのサガンで迷宮に潜るようになってから、各種能力が明らかに上昇していた。
老眼がよくなっていたり、立て続けに戦闘をしても、以前と比べれば大分疲れを感じなくなっている。
そしてマザールビーアントを一人で倒せるだけの戦闘能力まで手にしている。
もっとも相変わらず髪は白髪のままだし、別にシワが減ったりしたわけでもない。
若返っている、というわけでもなさそうなのだ。
相変わらず『見切り』のスキルには謎が多いままだ。
黄泉還しだって、わからないことも多い。
よくわからないうちに、気付けばディルはどんどん強くなっていた。
若干怖くなってくる気がしないでもないが、細かいことは気にしない所存である。
ディルは今はそんなことを考えている場合じゃないと軽く自分の頬を張り、真面目な顔を作る。
「ウェンディ、それに黒騎士」
「なんですか?」
「……?」
「実は、の。わしらは近いうちに、このジガ王国を出ようと思っとるんじゃ」
「知ってますよ」
「……(コクコク)」
「へ……?」
呆気にとられた表情を浮かべるディルを見て、イナリはハッと笑った。
どうやら彼女が、既に話を通してしまっていたらしい。
逡巡しながら悩んでいた自分がバカみたいじゃわい、とディルの顔に苦笑が浮かぶ。
「私達もいずれ合流しますので、まずはあっちで頑張ってください」
『とりあえずはこちらで、冒険者稼業を続けておく。けれど再会の時は、そう遠くはないだろう』
ディルは如何に別れを告げるかを考えていたから、ウェンディ達の言葉には面食らってしまった。
どうやら彼女達も、ヤポンにやってくるつもりらしい。
「こいつらに密入国は無理だ」
「それは……たしかに」
ウェンディは目を引く美人だし、おまけに色々と残念なところがあるので、致命的なまでに隠密性が欠けている。
そしてそもそも黒騎士は、隠密がどうこうという次元ではない。
歩くたびにガシャガシャ音の鳴る人間が密入国などできる国があったのなら、そんな国は既に滅んでいるだろう。
「でも……向こうがどうなっとるか、まったくわからんよ?」
「いや、それを私達より先に行くディルさんが言うんですか?」
「たしかに」
自分の身は割とどうでもいいと思いがちなので、ディルは危機管理への意識が甘いところがある。
ウェンディ達が行くのは危ないと思ったのに、自分が行くならまあ危なくてもいいかと考えてしまっていたのだ。
これじゃあいかんと気持ちを切り替えながら、お酒のおかわりを頼む。
そして酔っ払ううちに、切り替えた気持ちはどこかへ行ってしまった。
ウェンディ達と永遠のお別れではないのだという事実への嬉しさが勝り、また自分のことは割とどうでもよくなってしまう。
年寄りは自分の考えを、なかなか変えられない生き物なのだ。
こうしてディルが考えていた、悲しい別れというものは起きずに。
『無銘』は一旦活動休止という形を取ることになった。
ディルとイナリは一度ギアンへ戻り、諸々の雑事を処理してからヤポンへ向かうための道筋をつけようと決める。
さあ、次に目指すは海洋国家ヤポン。
目的はイナリの主である千姫を助けること。
ディルのセカンドライフは、まだまだ終わらない――。
これにて第二章は終了となります。
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