決戦 4
マザールビーアントの身体は以前より硬くなっている。
だがそれと同様――否、それ以上の速度でディルの剣の切れ味は増していた。
剣を振るう、引く、押す。
マザールビーアントの突進をひらりと躱し、交差ざまに一撃。
くるりと振り返るマザールビーアントの頭部へと突きを放つ。
反射神経の高いマザールビーアントは、それを横目に確認すると同時に回避に入る。
首をかくりと横に曲げて、上体を倒した。
だがそれすらもディルと、彼の『見切り』は読んでいる。
手首のスナップを利かせながら、手首をぐにゃりと曲げる。
人間の可動域ギリギリまで動いた手のひらに握られた黄泉還りが、マザールビーアントの眼球目掛けて飛んでいく。
マザールビーアントは無理を言わせてかなり強引に首を動かして、その攻撃を回避する。
その顔面に、ディルの突きが当たり小さな傷を作った。
(やっぱり、甲殻を貫通するのは無理じゃな。となると……)
ディルは突きではなく、薙ぎを中心に据えた攻撃スタイルへと切り替える。
薙ぐ、といってもただ横に振るだけではない。
途中で軌道を上向きに変えたり、下げたりと実に変則的な動きを続けていた。
マザールビーアントは関節が人間よりも多いからか、時折人間では身体の造り的に無理だと思うような動きを見せる。
ディルはそれを織り込んだ上で、『見切り』が教えてくれた通りの攻撃を続けている。
あり得ないと思った場所への攻撃であっても、結果的にそれが正解になるのだ。
ディルとマザールビーアントの打ち合いが続く。
マザールビーアントの攻撃手段は蟻酸を混ぜたことでバリエーションは豊かになったが、ディルの『見切り』の前ではそれはあまり意味をなしていない。
距離を離そうとしても近付こうとしても、ディルは常にマザールビーアントの後の先を取って行動する。
マザールビーアントの方はディルに傷一つつけることができない。
対しディルの方は、着実にダメージを蓄積させていくことに成功していた。
「シッ!」
ディルがマザールビーアントの三本目の足を切り取る。
マザールビーアントは先ほどよりも弱々しくなった鳴き声をあげる。
ディル達の周囲に、ルビーアントはほとんどいない。
時折やって来るものもいたが、ディルはマザールビーアントの戦闘の隙間に攻撃のモーションを差し込み、大した苦もなくそれを倒していた。
イナリの毒が利いており、黒騎士がソルジャールビーアント達を潰してくれているおかげだ。
『無銘』の皆のおかげで、ディルはほとんど一対一の状態でマザールビーアントと戦うことができている。
ディルは仲間達と共に戦えていることの喜びを、改めて噛み締めた。
そんなことを考えているだけの余裕が、今のディルにはあった。
身体が軽く、疲れをまったく感じない。
ハイになっているというよりは、どれだけ動いても一定のままあらゆるものを保てているというような感覚。
上がっているのではなく、落ち着いて、戦える。
周囲を俯瞰し、冷静に状況を判断し、戦い続ける。
ディルは目の前に居るマザールビーアントは、どこか焦っているような様子をしていることに気付いた。
以前ガイウスと戦った時と比べると、動きに粗が多いような気がするのだ。
それは些細な違和感だった。
だが今の研ぎ澄まされたディルの感覚なのだ、決して間違ってはいないだろう。
相手が弱くなる分には構わないと、ディルは剣を振る。
マザールビーアントは、今回は何故か引こうとしない。
周囲に居るはずのソルジャールビーアント達を、軒並み倒されているからだろうか。
どこか鬼気迫っている様子だ。
(攻撃力は、前よりも高い。じゃが防御がおろそかになりすぎておる)
マザールビーアントのかみつきを避ける。
口中に差し込もうという動きを見せると、ガチガチと顎を鳴らされる。
ディルの動きはフェイントであり、本命の狙いは触覚の付け根だ。
剣をぶつけると、ガィンと硬質な音が鳴る。
そして触角が、すっぱりと落ちた。
ディルは今の状態に、どこか覚えがあった。
本来なら切れないようなものが、あっさりと切れるこの感覚は――。
(トリガーサイクロプスを倒した時と、同じ……)
自分が冷徹な戦闘人形になっていくかのような、あの感覚。
以前はそれが怖く、下手に没入することを恐れていた。
けれど今は――違う。
ディルがマザールビーアントの足をすっぱりと切る。
硬いはずの右前足が、まるでバターのように簡単に切れる。
マザールビーアントが悲鳴をあげる。
けれど彼女は、いつものように背を向けることはない。
今回のマザールビーアントは、逃げ出すことを知らなかった。
まるで最初から、逃げるという選択肢はないかのように。
ディルは躊躇わずに、前に出る。
そして――極めて滑らかな、違和感を感じさせぬほどにぬるりとした動きでマザールビーアントの上体に切りつける。
トリガーサイクロプスの足を断ち切った時のように、抵抗なく上半身と下半身が泣き別れになる。
ディルはそのまま、頭部へ黄泉還りを差し込む。
今度はするりと抵抗なく、剣が甲殻を抜けて奥まで入り込んでいく。
そしてマザールビーアントは、その生命活動の一切を止めた。
静寂。
場を静寂が支配する。
イナリが音が止んだことに気付き、ディルの方へと駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫かっ!?」
ディルはこの、強敵との戦闘時の虚無の感覚を忘れるかのように……大きく首を振った。
そしてゆっくりと、顔を上げる。
(わしはもう、一人じゃない。何があっても、イナリ達がいれば大丈夫じゃ……きっと)
顔を上げたときには、先ほどまでの能面のような表情が嘘だったかのような、いつものディルに戻っている。
イナリはその違和感に少しだけ眉間に皺を寄せたが……マザールビーアントの死骸を見つけ、即座に動いた。
彼女は黄色の狼煙をあげた。
それは――マザールビーアントの討伐を示す色だ。
オオオオォォォ!
周囲から、地響きになるほどの声が届いてくる。
その立役者であるディルは――グッと握りこぶしを作り、その手を高く掲げた――。
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