決戦 2
「ふっ!」
ルビーアントの弱点を的確に射貫きながら、ディルは周囲の状況を探る。
他のパーティー達の様子はどうなっているかと、空を見上げる。
事前にいくつかの事態を想定し、対策は練られている。
緊急の事態に陥った場合、赤の狼煙が。
そしてマザールビーアントを発見した場合は、青の狼煙が上げられるようになっている。
現在の空は、いつも通り何一つ変化のない快晴そのものだ。
空を見上げても未だ異変が起きている箇所はなさそうである。
後方にいる冒険者全般の様子を見ようとするが、蟻達の大軍に阻まれるせいで上手く確認することはできなかった。
ルビーアントの首をへし折り。
ガチガチと鳴らす顎の間に剣を滑り込ませ。
ソルジャールビーアントを最初に倒してから、周囲にいる手持ち無沙汰のルビーアント達を屠っていく。
最早ディルにとって、ルビーアントの漸減はさほどの問題ではなくなっていた。
ほぅと蟻の波が落ち着いたところで、自分の胸に手を当ててみる。
心臓の鼓動は激しくなってはいるが、動悸というほどではない。
額には汗を掻いているが、決して汗で前が見えなくなるほどではない。
腰の痛みは少しだけ感じるが、冒険者生活を始める前と比べればまったく問題はない。
見た目上の変化はない。
特に若返ったような意識もなかった。
けれどディルは以前と比べると――明らかに変わっていた。
魔剣の力によるものなのだろうか。
それとも『見切り』のスキルによる変化なのだろうか。
ディルにはそれがわからない。
以前よりもキレを増した彼の薙ぎ払いが、こちらめがけてやってくるルビーアントの柔らかい腹部を打つ。
蟻酸がかからぬよう注意しながら、全方向からやってくる蟻達への対処を続ける。
今の自分であれば、蟻に集られても問題はなさそうだ。
ディルは思いながら、空を飛んできた蟻の羽根をむしり、引きずり下ろして他の蟻へとぶつける。
乱戦は、ディルのもっとも得意とするところである。
どこからも永遠に続くような蟻の群れの中でも、ディルはまったく動じてはいなかった。
サガン迷宮での生活が、彼を強くしてくれたのだろうか。
無論、それもあるだろう。
迷宮での魔物との連戦は、ディルにギアンにいた頃とは違う、常在戦場の心構えを仕込んでくれた。
今の自分であれば、ギアンの街でBランク冒険者くらいにはなれるかもしれない。
以前戦った試験官の冒険者を相手にしても、今度はもうちょっとまともにやれるかもしれない。
そんな風に自分に少しだけ自信も持てるようになった。
やはりディルはサガンへ来て、強くなった。
純粋な戦闘能力だけではなく、精神面の、心の強さも含めて。
己にやってくる攻撃を避ける。
そして己目掛けて放たれているわけではないが、結果として食らいそうになるウェンディの魔法を避ける。
スペースが蟻でギチギチになっており、本来の剛力を発揮できていない黒騎士のため、空間を開いてやる。
イナリの毒は相変わらず強力で、彼女と力を合わせれば、ディルは残る二名の援護も十分に可能だった。
ウェンディはイナリの毒の霧の中で、しっかりと狙いを定めては魔法を放っている。
相変わらず威力の調整はできていないようだが、周囲が敵だらけの状態では何も問題はない。
彼女の元へ向かおうとするソルジャールビーアントを、あらかじめ削っておく。
ソルジャールビーアントは毒霧の中でも行動ができるため、イナリとウェンディの居る場所へと侵入することができる。
だが事前にディルが手負いにしており、ソルジャールビーアントの脅威度はそれほど高くない。
視界が開けていないソルジャールビーアントに、イナリが短剣を突き刺してその命を絶つ。
ディル達の現在のコンビネーションに死角はなかった。
少なくともウェンディの魔力が切れでもしない限りは、問題なく動くことができそうだ。
ディルはバッサバッサとルビーアントを倒していく。
遭遇当初はなんとかして一体ずつ倒していたルビーアントも、今ではただの雑兵だ。
力をしっかりと込めさえすれば、剣を差し込み甲殻ごと斬ることだってできる。
ディルはある程度余裕を持てているため、頭を回すだけのゆとりがある。
(できることなら、ここでマザールビーアントを仕留める方法はないものかのぉ)
マザールビーアントをおびき寄せる方法。
そんなものがあるのなら、最初から使っている。
イナリの持つ毒の中には魔物が嫌がるものや好むものがあったが、そのどれもがマザールビーアントには効かなかった。
ディルはソルジャールビーアントを仕留め次の獲物を探している最中に、ピンときた。
あるではないか、マザールビーアントと戦う方法が。
ディルはイナリ達へ、自分が思っていることを伝えることにした。
マザールビーアントは、仲間達に被害が出るのを嫌うだけの知能がある。
つまり、自分たち『無銘』がこの場所で最大限の被害を出し続けることができれば……間違いなくやってくるはずだ、と。
戦いながらのざっくりとした意思疎通ではあったが、皆もディルのその意見に同意する。
そしてディル達は改めて、多少無理をしてでもとにかくルビーアント達の数を減らし続けることにした。
イナリが放出する毒の範囲を拡げ、黒騎士は今までなら我を失っていたであろうほど、呪いにその身を委ね、ウェンディはかつて仲間にフレンドリーファイアをしたものよりもずっと高威力な魔法を連発する。
ディルはスキルを使い、ソルジャールビーアントだけを狙い撃ちし続け、ルビーアントの処理を完全にイナリに任せて狩りを行った。
そして彼らの奮戦は続き……ディルの思惑は、達成されることとなる。
「kyoaaaaa!」
怒り心頭な様子のマザールビーアントが、ディル達目掛けて飛び出してきたのである。
第五階層での最終決戦が、始まろうとしていた――。
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