異常
「ふむ……みんなの顔つきは悪くないの」
空からは偽物の太陽の光が降り注いでおり、見上げればそこには青く澄んだ空がある。
第五階層草原は、一見するといつもと変わらない様子だ。
今いきなりこの場所に来ても、まさかこのダンジョンそのものが機能を停止しかけていると思う者はいないだろう。
けれど今、ザガンのダンジョンは存続の危機に立たされている。
いやそれどころか、このままでは街にまでルビーアントがあふれ出し、サガンの街そのものがなくなってしまう可能性すらある。
今、この第五階層まで来ることのできる冒険者のほとんど全員が、この場所へとやってきている。
――第五階層での決戦が、始まろうとしていた。
防衛班と討伐班は、今回は分けないことになった。
各々が全力を出せるため、もっともパフォーマンスを発揮できるような陣形になることを、冒険者ギルド側が求めたからだ。
待機している冒険者たちが、もう何度目になるかわからないオーガ討伐を終えて野営の準備を始めた頃、カァンという甲高い鐘の音が聞こえてきた。
探知魔法に秀でた者達が、ルビーアントの接近を感じ取ったのだ。
ディルたちは探知魔法を使っていたイナリの合流を待ち、ルビーアントの襲来に備える。
ごくり、と思わず唾を飲み込んだのはいったい誰であったか。
「これで終わるといいですね」
「ああ、本当にのぅ」
「違う、終わらせるんだ。……そうだろ?」
『さっさと終わらせてしまおう』
ルビーアント襲来は、サガンにとっての危機だ。
だがディルは、それほど心配はしていなかった。
自分たちの実力があれば、マザールビーアントであっても狩ることができる。
彼はそう信じていたからだ。
ディルは度重なる連戦をする度、自分の剣筋がますます冴え渡るのを感じていた。
剣の理をいっそう深く理解したことで、『見切り』による動きもいっそう滑らかになっている。
あたかも最初から身につけていたかのような自然さで、ディルの剣技は一廉のものへと成長していた。
最近ではスキルを使わずとも、ある程度剣の術理が理解できるようにもなり始めている。
黄泉還りのおかげで身体の軋みも取れており、連戦にも耐えられるだけの地力も付き始めている。
だから、少し異常なことではあるのだが、ディルが気にしているのはマザールビーアントの討伐、それ自体ではなかった。
彼が心の底で感じていたのは……名残惜しさであった。
と言ってももちろん、ここ連日の蟻討伐に対するものではない。
ディル、イナリ、ウェンディ、黒騎士。
この四人で始めた『無銘』の活動。
それが終わりに向かって着々と進んでいることを、感じ取っていたからである。
ディルは既にバグラチオンから、イナリを治すための魔道具生成に必要なものを、聞き及んでいる。
そしてディルはイナリともしっかりと話し合いをし、この後にヤポンに行き、彼女の主君の救出行についていくつもりでもいた。
そのためディルとイナリをこの迷宮都市サガンへと縛り付けるものは、実はもう何一つ残ってはいないのだ。
マザールビーアントの討伐さえなければ、もっと早い段階でこの街を去っていた可能性すらある。
マザールビーアントの出現のおかげで、『無銘』としての活動期間が伸びた。
魔物との連戦は堪えたが、一緒に戦える機会が増えたことに喜びを覚えている自分もいた。
しかし今、蟻討伐は佳境に入ろうとしている。
それが終われば、ディル達は――。
(……いや、今考えるのはそこではないはずじゃ。今はただ、マザールビーアントを倒す。先のことは、その後で考えればええ)
ディルが自分の気持ちに区切りをつけていると、途端に周囲が騒がしくなる。
そしてイナリの眉間に刻まれているシワが、いつもより深くなった。
「――来るぞ!」
周囲にいる、緊張した様子の冒険者達。
彼らの様子を見ながら、ディルはいい塩梅に脱力したまま、スッと剣を構える。
まったく焦らず、何故か少し物悲しそうな顔をしているディル。
彼の様子は、周囲の中で明らかに浮いていた。
ディルの実力は、戦いの中で成長し続けている。
そして連戦にも耐えられるような体力も、徐々に醸成されつつある。
ディルは既に、迷宮都市サガンにやって来る前とは見違えるほどに、強くなっている。
そう、蟻の大群達が迫っていると聞いても、動じないほどにまで――。
今作は今後、毎週火曜日更新という形になります。
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