ルビーアント
ルビーアントを狩りながら、彼らの行動パターンに対応する日々が続いた。
彼らの階層を掘削する速度はそれほど早くない。
しかし一度開通してしまえば、まるで濁流のように流れてくるルビーアントの群れとやり合わなくてはならなくなる。
深層探索者たちが戦いながら、ルビーアントの情報を集め、他の冒険者たちにも共有していく。
一体一体の強さはそれほどではなく、かつ転移水晶の近くで戦うことさえできれば、一当てしてからの離脱は難しくない。
情報や戦い方は、着々と揃いつつあった。
ルビーアントには麻痺毒を始めとする毒が有効であること。
その甲殻には魔法の威力を弱める効果があるため、魔法使いは高威力か至近距離から魔法を放たなければならないこと。
ルビーアント自体は攻撃手段を噛みつきや体当たりしか持たないが、ソルジャールビーアントは口から酸性の液体を吐き出す遠距離攻撃手段を持つこと。
ディル達が戦い、情報共有をする中で問題になったのはソルジャールビーアントの存在だった。
ソルジャールビーアントはルビーアントより数は少ないが、それなりの数が居る。
ルビーアントより一回りほど大きく、体色はルビーアントよりも若干暗い。
このソルジャールビーアントを、洞穴の階層において見分けることが非常に難しい。
そしてこの魔物はそこそこ頭が回り、液体を飛ばしてからすぐ群れの中に姿を消してしまうのだ。
放置していては一方的に酸性の液を飛ばされて攻撃されてしまうし、逃げた方向へ進もうとも正確な位置を掴むのが難しい。
だがこのサガンの街を守るためには、積極的にソルジャールビーアントを狩っていく必要がある。
マザールビーアントが出張らずとも、ダンジョンを掘り進めること自体はソルジャールビーアントにもできるからだ。
バグラチオンの話では、階層間にある不可視のバリア、これを貫通することはマザールビーアントにしかできないらしい。
つまりこの親玉は階層貫通だけは自分で行い、あとの部分をソルジャールビーアントに任せ、遠くから制圧状況を確認しているということになる。
ある程度階層の制圧が完了した段階で、来るのかもしれない。
現状、マザールビーアントと遭遇したパーティーはいない。
イナリの索敵でもマザールビーアントの位置を何度か特定できたことはあったのだが、どれもかなり遠く単独ではそこまでたどり着くことが困難だった。
各パーティーに敵の気配の察知に長けた斥候がいる。
探知魔法の使い手だったり、相手の魔力を感じ取ったりと方法は様々であるが、深層冒険者たちの中で、もっともこの技能に秀でているのはイナリだった。
彼女が実質的なリーダーとして、斥候職の人間達を取り仕切る流れができた。
「一度メンバーを選りすぐり、マザールビーアントの下まで行こうという案も出ている……まぁ、私が否と言ったがな」
マザールビーアントの元までたどり着くまでに蟻たちに群がられた状態で進み、そして戦っている最中にも常にルビーアントの妨害が入る。
そして苦労して倒したとしても、逃げるまでにはルビーアントたちの執拗な追跡が入るのは間違いない。
「とにかくソルジャールビーアントを探すための方法を確立させる。とにかく魔力反応か気配を覚えていくしかないだろうな」
隠密性の高い斥候職が向かったとしても、そもそも蟻が作った通り道自体がそれほど広い物でもないので隠れることができない。
結果としてサガン全体で、ソルジャールビーアントを潰すという方針が打ち出されることになった。
斥候職の中でも探知魔法に長けた者達が、ソルジャールビーアントを見つけ出す方法の確立は急務だった。
ディル達がイナリの毒を用い、ソルジャールビーアントを生きたまま鹵獲したことで事態は好転、深層冒険者だけでなく下層に足を踏み入れだした者達でも、ソルジャールビーアントの発見ができるようになった。
多少強引にでも優先して倒していく方針が打ち出され、ソルジャールビーアントの数が明確に減りだした。
そしてそれに伴い、階層掘削の速度も減少し始めている。
ソルジャールビーアントはルビーアントとは違い、マザールビーアントが簡単に数を増やすことができない。
ソルジャールビーアントはルビーアント百匹につき一匹産まれるとされているため、数は概算で二百ほど。
マザールビーアントは産卵期にならない限り蟻たちを増やすことはないため、あとは彼らが街に上がってくるまでにどれだけ数を減らせるかの勝負だった。
第二十五階層、第二十四階層……そして第二十階層まで到達された時点で、ソルジャールビーアントの数を半分ほどにまで減らすことができた。
久しぶりの明るいニュースにサガンは沸いたが……すぐに悲報が飛び込んでくることとなる。
深層冒険者パーティーの一つ『黒き雷』がマザールビーアントと遭遇。
死亡したメンバーこそいないものの、半分以上が重傷を負い深層探索が不可能となったのである――。




