遭遇
作戦会議が終わってからすぐ、冒険者ギルドは動き出した。
まず最初に行われたのは、冒険者各員に対する通達である。
ルビーアントとそれを率いているマザールビーアントという魔物の生態、そして迷宮そのものを壊す危険があること、通達して問題ない情報はすべて明らかにした形だ。
迷宮が壊れるという事態に冒険者たちは誰もがおののいたが、賢者バグラチオンの「迷宮の機能自体がわずかにでも生き残っていれば、私が全てを元通りにしてあげよう」という言葉により、集団的な恐慌が起きるようなことは避けられた。
続いて始まったのは、サガン防衛のための緊急クエストである。
このクエストには、一定以上の階層に進むことのできる冒険者たち全てが対象となった。
サガンの権力者たちが動いている間にも、マザールビーアント率いる群れはダンジョンの侵食を進めている。
魔物たちの進軍速度を少しでも止め、ルビーアントの情報や行動パターンを割り出す必要がある。
そのため他の魔物たちとルビーアント、二つの勢力とかち合っても戦えると考えられた深層探索者たちが動員された。
動員されるパーティーは『無銘』を含んだ六つのパーティー。
単身マザールビーアントと戦い疲労していたガイウスも参加を表明している。
ディルたちは他のパーティーたちと同様に、深層探索を行うこととなった。
現状、第三十階層は大量のルビーアントに占拠されている状態である。
そしていつ第二十九階層へやって来るかが、完全にわからない状態だった――。
ディルたちは第二十九階層に滞在することになった。
ルビーアントが来るまでは迷宮の魔物たちとは極力戦わず、体力を温存。
そして脱出経路が確保できるような場所に陣取り、ルビーアントがやって来るのを待つ。
「わしたちがやることは、とにかくルビーアントの数を減らすことじゃよね」
「ああ、ルビーアントの正確な数は不明だが……基本的には上ってくるだろう蟻達の数は少なければ少ないほどいい。最終的に市街地決戦になる可能性も考え、今のうちに可能な限り数を減らしておきたいというのが、上の意向だろう」
マザールビーアントが階層を占拠すれば最後、その階層はあらゆる所に大量のルビーアントが跋扈する地獄となる。
ガイウスはその蟻地獄の中を単身でくぐり抜けてきたが、あれは彼が異常なだけだ。
ちなみに今回のクエストは、ガイウスが言っていたマザールビーアント討伐作戦の前段階にあたる。
本作戦においてはディルとイナリ、黒騎士が討伐組。
ウェンディ一人だけが防衛組という風に分かれることになっていた。
他に行動をする面子が、彼女の魔法の余波を食らう危険があり、更に言えば彼女の高威力の魔法は、魔法を通しにくいルビーアントにも有効だからである。
「――来るぞ、戦闘用意!」
イナリは敵の気配を察知する魔法や手管に長けている。
彼女の言葉を疑う者はおらず、皆がめいめいに戦うための準備を整える。
ボコッ、ボコッ。
イナリが警戒を促してからしばらくして、ゆっくりとダンジョンの地面に穴が開く。
そして崩れた地面の隙間から……ルビーアントが現れる。
出入り口が一つなのは助かるが、穴自体はかなり大きい。
十体ほどの蟻が現れる。
「炎の矢」
ウェンディは事前に用意していた炎の矢を放つ。
ルビーアントの甲殻には魔法を減衰させる効果があるらしいが、彼女の魔法の威力があれば問題なく貫通はするようだ。
十体のうちの八体が死に、残る二体が近付いてくる。
黒騎士が剣で一体を叩き潰し、ディルが一体の首元に黄泉還しを差し込んだ。
穴からは再度ルビーアントが。
今度はイナリも参戦し、近接組がそれを潰していく。
ウェンディから合図が出ればサッと引き、彼女の魔法で敵を潰す。
だが潰れた頃には新たな蟻が出現する。
一体一体の強さはそれほどではない。
だが切り裂くと若干の抵抗があることから、普通のアント系の魔物と比べると甲殻は固めだ。
鉄の剣だと、一撃で致命傷を与えることは難しいかもしれない。
ディルたちなので戦うことができているが、仮にこの魔物が大量に第五階層にでも出ようものなら、冒険者たちはいずれ蟻の波に飲み込まれることになるだろう。
突き、裂き、割り、潰す。
十、二十、三十。
周囲を蟻に囲まれながら、ウェンディにだけは蟻たちが行かぬよう進路を狭めて防戦を行う。
「一旦引くぞ!」
周囲が蟻の死体で埋め尽くされ始めたところで、紫色の煙が周囲を満たした。
ディルは事前に渡されていた解毒薬を飲み込み、蟻たちの動きが鈍るまで戦い続ける。
このルビーアントには毒が効く。
そのためイナリが毒生成はかなり有効な手段となるだろう。
事前に打ち合わせていた通り、ウェンディを守るような形でディルと黒騎士が立ち、蟻の群れを掻き分けながら転移水晶を目指していく。
そしてなんとか――階層を脱出することに成功した。
ルビーアントの数を、百は減らせただろう。
だが全体から見れば、まだまだ微々たるものだ。
果たしてこのペースで間に合うのか。
他の深層冒険者たちの意見も聞いてみようかの、とディルは急ぎギルドへ向かうことにした。




