今後とも
「はあっ、はあっ、はあっ……」
自分のことを怪訝な顔で見ている参加者たちの視線を気にも留めず、ディルは走った。
そしてようやく、イナリの姿を見つける。
彼女はパーティーの面々と一緒に、出されている食事に舌鼓を打っている最中だった。
イナリは汗だくになってまで走ってきたディルのことを見て、眉間に皺を寄せる。
「どうした、まさか何か緊急の事態でも――」
「いやっ……そ、そのっ……」
言葉を出そうとしたが、代わりに出てくるのは痰の混じった咳だった。
ぜぇぜぇ言いながら呼吸困難になりかけながらも、ディルは顔を上げる。
そして少し落ち着くのを待ってから……イナリの手をキュッと握った。
「ついてきてほしい、話があるんじゃ。大事な、大事な話が」
「――ああ、わかった。場所を移そう、そうだな……あのテラスなんかどうだ?」
ディルは頷き、ゆっくりと歩いて行く。
空気を読んでか、ウェンディたちは何も言わずに二人を見送ってくれた。
その配慮が、今はありがたい。
二人でオークション会場である家屋の外へ抜け出し、テラス席へと座る。
遠くからは、観客たちの歓声が聞こえている。
自分たちが出した魔道具は、そろそろ出品されているタイミングだろうか。
ちゃっかりと持ってきていた皿の料理をつまみながら、イナリがジッと見つめてくる。
息を整えようやくまともな思考力が戻ってきたディルは、彼女へと打ち明けることにした。
言うには遅すぎるかもしれない。
だからこそ、なるべく早く言いたかったのだ。
「イナリ、わしは――」
「……ふむ、まぁそんなところだろうとは思っていた」
「や、やっぱりバレとった?」
「当たり前だろ。そもそも大して欲もない人間が、わざわざ迷宮で一攫千金を狙うはずもない。それでも必死になって何かをやっているということは……つまりはそれだけ必死になる何かがあるということ」
ディルは全てを話した。
イナリに死んで欲しくないと思っていること。
だからこそウェッケナーから情報を聞き、この迷宮へとやってきたこと。
イナリの体内にある毒を完全に除去するために必要なアーティファクトを探すため、現在は深層探索とボス討伐をメインにして活動していること。
心中を吐露したディルの気持ちは……意外にも晴れやかだった。
自分勝手な物だ。
勝手に背負って、勝手に気張って、誰かに教えてもらってようやく気付いて……。
一度言葉に乗せて口から出してしまえば、今までどうして黙っていたのだろうと不思議に思うほどだった。
ディルはどこか遠くを見つめているイナリの横顔を見る。
彼女は今、何を思っているのだろうか。
「私は……私にとっては、命を賭して姫様を救うことが生きる意味だ」
「うん、前にも聞かせてもらった」
「だから今はまだ、治す気はない。たとえ毒が身体を蝕み、この命果てたとしても」
「イナリならきっとそう言うじゃろうって、わかっておったよ」
だからアーティファクトを手に入れたら、恨まれるのを覚悟で彼女に使うつもりだったのだが……当時とは違い、今のディルはイナリの望みを知っている。
それを聞いて、やっぱりかとディルは項垂れる。
彼の様子を見たイナリは、薄く笑う。
そう、ディルが違っているように……イナリもまたこの街に来た当初とは違っている。
「だが……その気持ちはありがたく思う。そうだな、もし余命幾ばくもなく、どうしようもなくなったのなら……一考の価値はある」
「そ、そうか……そうかっ!」
「生きていてこそ得られる物もある。私はこの国に来て、お前――ディルから、学ばせてもらったよ」
「わ、わしから……?」
珍しく名前を呼ばれ狼狽しながら、ディルはイナリが向いている方角を見た。
きっとその視線の先には、ヤポンがあるのだろう。
今、自分がすべきことは――ディルはこれからのことに考えを巡らせていると、イナリはスッと顔をこちらに戻す。
彼女は――ディルが今まで見たことないほど、屈託のない笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ディル。今後ともよろしく頼む」
こうしてディルは、ずっと腹の中に抱えていた隠し事を打ち明けた。
そうしても壊れないくらいに、二人の絆は深まっている。
ウェンディと黒騎士たちとも、これからの話をしよう。
二人は目配せをしあい、互いに頷き合い、屋敷の中へと戻っていく――。
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