吹っ飛ぶ
オークション開催当日。
ディルたちは出品する品が出てくる時間を抑え、あとは各々で自由行動を取ることになった。
相変わらず着慣れないスーツを身に纏いながら、彼は少し息苦しさを感じていた。
「ふぅむ、ほぉん、へぇ……」
今、ディルはサーカスの見世物になったライオンの気分を味わっている。
じっくりとねっとりと、絡みつくような視線。
目の前に居る人物は、まるで動物を見るようにディルのことを見つめている。
「そんなに見つめんでくれんかの、照れるでな」
「おっとすまない、つい知的好奇心と性的な欲求がね」
「……」
ディルは言われたことの意味がわからず、目をぱちくりとさせている。
事前に弟子であるウェンディから話を聞いていなければ、完全に頭が真っ白になってしまっていたことだろう。
彼の前に居るのは、ウェンディの師匠である賢者バグラチオン。
一見すると二十代後半くらいの歳にしか見えないが、実年齢はディルよりも高いのだという。
魔法を極めると、年齢など超越できてしまうらしい。
ディルも歳から考えると若いと最近言われるようになったが、比べるのもおこがましい。
「持っているスキルは『見切り』……ふむふむ、なるほどねぇ」
「バグラチオン……さんはこの力のことを、ご存じで?」
「もちろん、この私が知らないことは全世界の――3%くらいなものさ。それと呼び捨てでいいよ、さん付けする時間を、もっと別のことに使いたいからね」
ほとんど全てを知っていることを褒めるべきか。
賢者でも未だ知らないことがたくさんあるのだなと驚くべきか。
ディルの意識は、自分が持っているスキルについて、誰かに初めて言及されたことに向いていた。
通常、他人が持っているスキルを尋ねるのはマナー違反とされている。
そのため誰がどんなスキルを持っているのかを、自己開示されない限りは知ることができない。
主に威圧や牽制などを目的として、スキル名は喧伝されることが多い。
『見切り』は有用なスキルだ。
かつてはまともに剣を取ったこともないようなディルを、今や歴戦の剣士にも劣らぬ実力者へと引き上げてくれた。
だがディルは自分以外にこのスキルを持っている人間を、一人も知らなかった。
「バグラチオンは、このスキルを持っている人間を知っとる?」
「もちろんだね、同じスキルを持っている人に会ったことだってある」
ちなみにその人は、どんな人なんじゃろうか。
ディルの質問に対し、バグラチオンはなんでもないような顔をして答えた。
「『覇王』フィッツジェラルド……今から三百年ほど前に、世界の三分の一ほどを握っていた男だよ」
彼女の言葉に、イナリのことを聞こうとしていたディルの思考は吹っ飛んだ。
次回更新は4/25です




