しばらく
ディルたちはしばらくの間休みを取ることにした。
長期休暇を長らく取っていなかったことと、修行でウェンディが長期間パーティーを離脱することがその理由だ。
強力な魔法攻撃を放てる彼女がいなくなると、攻略の速度に大きな差が出てくる。
相性差で倒せない場合もあるため、無理ができなくなることも多い。
ディルは自分の身体がなまってしまわぬよう、時折イナリと一緒に第五階層へ下っていた。 己の剣技の冴えは、未だ衰える様子もない。
ダンジョンに入る前と比べると、体力も増してきているような感覚がしている。
魔物を倒せば倒すだけ、生き物は強くなっていく。
そんな話をどこかで聞いたことがある。
眉唾だと思っていたが、もしかすると事実なのかもしれない。
最近では黒騎士ほどとはいかなくとも、ある程度の連戦にも耐えられるようになっている。
以前のように、イナリに最小限の戦いだけで済ませてもらうよう注意してもらう必要もなくなってきた。
今はモン部屋やボス部屋に最短ルートで向かうために、道中に出てくる魔物も積極的に狩るようになっている。
ディルたちのことをやっかむ冒険者たちも最近ではほとんどみなくなった。
ディルたちに突っかかるのは、このサガンにやってきたばかりのルーキーばかりだ。
今ではディルが受付嬢と仲良くしていても、それを恨めしく思うような人間はいない。
「――ということがあったんです。お父さんもようやく社会復帰できたので、一安心できそうです」
「そりゃあよかった」
仲良くしている受付嬢というのは、かつて共に冒険していたシアのことである。
彼女は現在、ギルドの事務仕事をこなしながら父と二人暮らしをしている。
少し前までは目が離せなかったらしいが、今は仲良くやれているそうだ。
こじんまりとしたものではあるが、アトリエのある一軒家らしい。
最近では二人で並んで絵を描いたりすることもあるのだという。
きっと二人とも、失った時間を取り戻そうとしているのだろう。
「ディルさんたちは、私があくせくしているうちに随分大きくなっちゃいましたね……」
悲しげな顔でシアは言う。
彼女の物憂げな表情に、ディルはなんと言うべきか迷い、口をつぐむ。
シアは父のことを心配しなくてもよくなったおかげで、自由な時間ができはじめている。 彼女は現在冒険者ギルドの職員として働いており、生活は安定していた。
しかし時折、冒険者として生活していた頃のことを思い出すのだ。
思い出はたくさんあったが、やはりもっとも脳裏に浮かんでくるのはディルたちとの迷宮探索だった。
上司からは、冒険者に戻ること自体は構わないと言われている。
彼女の事務処理能力の高さを評価してもらっており、ギルドマスターからの覚えもめでたかった。
大怪我を負ったり妊娠するようなことがあれば、改めて戻ってきてもらって大丈夫だぞ、という太鼓判までもらっているほどだ。
もう一度、ディルたちと冒険をすることができたなら……そう思い、手すきの時間は身体が鈍らぬよう自分を鍛えたり、魔法の練習をして過ごしていた。
けれど自分の実力はさほど変わらず、中層まで行けばキツくなる程度。
対しディルたちはドンドンと深くへ進んでおり、下層の下半分、深層をメインにして探索をしているような一線級のパーティーになっている。
新たな仲間も癖はあるが強力なメンバーで、少なくともシアにそこに入る隙間はなさそうだった。
「私ももっと強力な魔法が使えればよかったんですけどね……」
自嘲気味につぶやかれた言葉に、ディルの脳裏に一つのアイデアが浮かぶ。
彼はシアの胸中を推し量れるほどに女慣れはしていない。
だが少なくとも冒険者として必要になる物や、必要な技術については、少しばかり知識があるのだ。
「もしよければ、今度のオークションに一緒に来たりする? うちのメンバーの師匠の大魔法使いが来るから、多分相談くらいには乗ってくれると思うんじゃが……」
「――は、はい是非にっ!」
ディルはウェンディの師匠がどれほどの人間なのかは知らない。
ただあのウェンディに魔法を教えたのが彼女であることは知っていたし、世捨て人であることも教えてもらっている。
滅多なことでは人前に出ない究極のインドアで、そもそも外に出るのも数十年ぶりのことらしい。
魔法についての知識は信じられぬほど豊富らしく、引く手数多らしいが仕官の類は全て断っているのだという。
もしかすると彼女ならイナリの解毒について、何か知恵を授けてくれるかもしれない。
ディルも今度のオークションで会うときに、聞いてみるつもりだったりする。
こうして色んな人間の思惑が重なりながら、オークション開催は近付いていく。
次回更新は4/18です




