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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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イナリの過去 1

 イナリが生まれたのは、極東とも呼ばれるヤポンと呼ばれる辺境の国だ。

 ヤポンは四方を海に囲まれる、俗に言う海洋国家である。

 海という自然の防壁があるため、彼等は諸外国と一切の外交を断っている。

 そのためディルたちのいるジガ王国には、その情報がほとんど入ってこない。

 交渉のための窓口も北部と南部、南西部の合わせて三つだけの、謎の多い土地。

 イナリはそんな謎多き国家ヤポンの西部にある、スルガという土地で生まれ育った――。



 イナリはなんら、特別な生まれではなかった。

 恐らくは捨て子だったんだろう、両親の顔も全く覚えてはいなかった。

 自意識が芽生えたときには、頼れる者は誰一人居ない状態だった。



 イナリが幼少期を過ごしたのは、貧民窟と呼ばれる地域だった。

 そこはこの世の汚さを、圧縮して煮詰めたような場所だ。

 密入国して死にかけている者や、表を歩けないような罪人など、実に雑多な人間が暮らしていた。


 こんなクソッタレな地域の中ですら、差別が存在していた。

 革をなめしたり死体を埋葬する人間は、貧民窟の中でも下層の人間だ。

 ただスラムで生まれ育ち、犯罪に手を染めることでしか生きられない子供たちは、それよりも下の最下層の人間だ。

 誰かに殺され死体を売られるような劣悪な環境下で、それでもイナリは生き続けた。

 彼女が曲がりなりにも死なずに生きていくことができたのは、持っていたスキルのおかげだった。


 イナリは幸運なことに、かなり早い段階で自分のスキルを知ることができた。

 『重力操作』――それが彼女が天に与えられたスキルの名である。

 物体を重くしたり軽くしたりすることができるこの力は、イナリに糧を与えてくれた。

 彼女は幼少期、スリをして暮らしていたのだ。


 イナリのやり方は、他の誰にも真似のできぬものであった。

 彼女はまず盗む相手の下調べを行う。


 一番大切なのは、相手が盗ってもいい人間なのかどうか。

 士族階級である武家の人間から盗めば、必ず報復がやってくる。

 イナリが狙うのは身分の低い公家か、商家の人間がほとんどだった。


 金回りはいいのか、それともケチなのか。

 大量に盗りすぎてもいけない、これくらいならいいかと諦めのつく額を盗むのだ。

 細く長く続けることが、スリの秘訣だった。


 イナリは盗ると決めたら、気付かれぬようにその人間についていく。

 己の身体にかかる重力を操ることで、曲芸じみた動きもできるようになる。

 ジャンプで屋根上に飛べる彼女の尾行に気付く者は誰も居なかった。


 イナリは対象が財布を出したことを視認し、重力を操作する。

 そして財布の重量を少しずつ、違和感がないように減らしていく。


 そして通りに出てぶつかり、その隙に財布を抜く。

 ほとんど重量のない財布がなくなっても、その瞬間は盗まれたことに気付かない。

 しばらくして気付いたときには、既にイナリは去った後。


 貧民窟の誰もが、イナリの盗みの腕を認めるようになっていた。

 ならず者たちがイナリの稼ぎを狙ってくることもあったが、その全てをはね除けているうちに、ちょっかいは出されなくなっていた。

 そのうち周囲の何もできぬ大人たちを見下すようになるのに、時間はかからなかった。

 最初無抵抗のイナリに乱暴をした男も、今では彼女に道を開ける。

 貧民窟で名が通るようになるのにそう時間はかからなかった。


 イナリは地頭はいい方だが、彼女には学がなかった。

 スリ以外の生き方は知らなかったし、知る必要もないと思っていた。

 だがそんなイナリの人生は、ある日突然転機を迎える。

 後に己の主となる少女と、運命的な出会いを果たすことで――。


次回の更新は3/1になります

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