過去
「ええ、構いませんが……」
ティミッドの説明は単純明快だった。
効果はこの魔道具を装着し、死体を視界に収めた状態で、魔力を込めれば発動すること。 使用する魔力量は、死体の量によって増減すること。
一日のうちに五回の使用制限があること。
その説明をふむふむと聞いていくが、ディルにはいまいち用途が思いつかなかった。
魔物の死体の処理には使えるじゃろうけど……そんなに目の色を変えるようなことがあるかの。
売るかどうかは後で決めるということで、鑑定料の支払いだけ済ませて店を出る。
そしてディルの部屋で、話し合いをすることになった。
「そんなにいい使い道でもあるんかの?」
「想像力が足りてないな。これほど暗殺に使えるアイテムは他にないぞ」
「あ、私もそれは思いました」
迷宮での活躍を見ていると忘れそうになるが、そもそもイナリの専門は諜報だ。
グスラムでは屋敷に潜入するのなどお手の物だったし、隠されていた資料や契約書を見つけ出してもいたではないか。
故郷ではスパイを生業としていた彼女からすれば、そっちの方面に頭がいくのは当然なのだろう。
しかし、暗殺とは……。
今後もそんな機会があるとは、思いたくはないのぉ。
「おまけに非接触型だから、死体に触れる必要もない。適当に殺してから土に変えてしまえば完全犯罪の成立だな」
「まぁまぁディルさん、別に物騒な目的以外にも使い道はありますよ。最初に出たにしては、まだ使える魔道具だと思いますけど」
気落ちした様子のディルを慰めるように、ウェンディが説明を加えてくれる。
例えばモンスター部屋で大量の魔物の死骸が邪魔になったときに死体を土にしてしまえば後の冒険者たちが楽になる。
迷宮の外で魔物を倒したときに、一ヶ所に纏めて土に変えれば処理の手間もかからないし、アンデッドとして蘇られる危険もなくなる。
変わる土の質によってはそれ自体が売れたりするかもしれないし、農家の人に役立つようなこともあるかもしれない。
『要は何事も、使いようということだな』
黒騎士がまとめてくれると、たしかにと思った。
どうにも考え方が、暗い方暗い方へといってしまっていた。
ディルは考え方はポジティブな方が幸せじゃよねと気を取り直し、
「それならこれは売りに出した方がええかの? そう悪い魔道具でもないじゃろうし、そこそこの値段で売れる気はするけど……」
「常識的に考えて取っておいた方がいいだろ。今後起こる面倒を減らせる魔道具だぞ、これは」
「私も取っておいた方がいい気がします。これ下手にオークションに流すより、個別で貴族とかに売りつけた方が高くなりそうなタイプですよね」
『ついでに貴族もやってるよ』
ディルは貴族という言葉に、思わずウェッケナーの顔を思い出した。
たしかに彼も諜報には力を入れようとしていた。
そっちの方面で有用らしいこの魔道具、どうせならスライム買い取りの恩のある彼に売れば喜ばれるかもしれない。
じゃが……とディルは思い直す。
もしオークションで売らなければ、現金化までにはしばらく時間がかかってしまう。
そうなると大事になってくるのは、ウェンディと黒騎士の懐事情だ。
「あ、私は全然お金には困ってないので平気です。なんならイナリさんが装備する感じでいいと思いますよ」
『問題ない』
二人の許可が出たので、売りに出すのはやめておこうということになった。
ディルとしては少し複雑だったが、この中で一番使う機会の多そうなイナリに着けてもらうことにする。
「これはヤポンに持っていけば、とんでもない高値がつくだろうな」
「あ、やっぱりイナリさんってヤポン出身なんですか」
『なんとなく、察してはいた』
望郷の念にかられたのだろうか、イナリが少しだけさびしそうな顔をする。
彼女がそんな油断した表情を見せたのは、かなり久しぶりだった。
もしかするとそれだけ、自分たちに気を許してくれているのかもしれない。
そしてディルはイナリの様子を見て、ハッとした。
自分は彼女のことを、あまりにも知らないのだ。
イナリが自分から話そうとしないのもあるが、ディルも無理に聞き出そうとはしなかった。 どうせなら今は、いい機会なのかもしれない。
「い、イナリはヤポンでどんな暮らしをしてたんじゃ?」
「どもるなよ、爺。……そうだな、これもいい機会か。少し、昔話でもしてやろうじゃないか――」
今まで話されたことのなかった、イナリの過去。
彼女を形作ってきたその来歴は、波乱と激動の連続だった――。
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