相棒
『ディルは、呪いというものが二つの種類を持っていることを知っているだろうか?』
「二つ……ああちょっと待ってね、どこかで聞いたことがあるような気がするんじゃけど……」
灰色の脳細胞を必死に回転させ、記憶の糸をたぐり寄せていく。
そしてしばらく唸ってから、ようやく誰からその話を聞いたのかを思い出した。
赤皇帝のリーダーであるガイウスだ。
黒騎士の持つ呪いの武具の克服方法を聞いた時に、彼が教えてくれたではないか。
ほんの少し前のことだというのに……と、ディルは自分の記憶力の衰えになんだか悲しい気分になった。
「たしか呪いのかかっているものには、二つの種類があるんじゃよね。怨念が籠もっているものと、古代文明によって作られたもので合っとる?」
『そう。私は生まれつき呪いの耐性を持っている。だから今もこうして普通にディルの黄泉還しを握ることができている。私は一応両方とも扱えるが……ディルの剣は多分、後者に分類される。握っても怨念のような強い情念を感じない』
「だから呪いの武器ではない、と? 一応握れば年を取るような呪いがかかっているみたいなんじゃけど……」
『言い方が悪かった。厳密に言えば呪いの武器ではない、というだけ。呪いには一家言ある私は、その二つを全く別のものと認識している』
ディルが愛用している黄泉還しは、誰か剣豪が己の情念を込めて生み出したような、強い気持ちのこもったものではないらしい。
古代の鍛冶師か何かに作られた、呪いのような効果を発揮する武器。
どうやら己の愛剣は、黒騎士が呪いと認めたくないこちらに分類されるようである。
だがディルはそう説明を受けて、なんとなく納得することも多かった。
今までいくつもの戦闘をこの剣とくぐり抜けてきたが、一度として剣の内なる声のようなものが聞こえてくることはなかった。
強い情念がディルにまで侵食してくるようなこともなかったし、かつての黒騎士のように剣の持つ呪いに身体を動かされるようなこともなかった。
黄泉還しはただディルが使いたいと思った時に、その鋭い切れ味を発揮してくれていたのだ。
この剣を持ったことで被ったデメリットなどというものは皆無である。
あまりにも多くのものを、この魔剣はディルに与えてくれた。
年々ひどくなっていた腰痛も最近は随分と収まってきたし。
関節痛を始めとする節々の痛みは、長いこと馬車に揺られたりしない限りは感じなくなった。
この年になっても元気に動けることのありがたさを教えてくれたのもこの剣だ。
ディルは刀剣のことなど何も知らず、ただ見切りという戦闘に特化したスキルを持っただけのおじいちゃんだ。
最初はゴブリン討伐にも難儀していた甘ちゃんがまがりなりにもここまでやってこれたのは、本当にこの剣のおかげなのである。
『ディルが満足行く解説ができたらと思う。この剣のことをもっと教えてくれ』
「了解じゃ。この黄泉還しはそもそも……」
ディルは愛用している剣の聞きかじった来歴と使ってみて自分の身に起こった変化を話すことにした。
そして今までの自分の冒険者生活でこの剣がどのような役割を果たしてくれたかを、頼まれてもいないところまで詳しく話してしまった。
ジジイの長話ほどめんどくさいものはないだろうに、黒騎士は彼の話にしっかりと相槌を打ち最後まで聞いてくれた。
説明を終えて、荒くなった息を整える。
そして目の前にある空き地を見つめ、必死に考えている黒騎士の横で、今までの冒険者生活に思いを馳せる。
少しすると、オッケーのハンドサインを出された。
どうやら答えが出たらしく、黒板に何やら文字を書き付け始める。
『断言はできないがこのタイプの……呪いの武器は、武器との対話や負の感情を吸い取って呪いが変化することがなく―――』
「無理せんで呪いの武器って言わんでええよ。魔剣、とかでいいから」
『―――ありがとう。この魔剣を使って今何も問題がないのなら、恐らくは問題ないはずだ。恐らくこの剣は人を加齢させる剣ではなく、人の年齢に何かの作用を及ぼすものなんだろう。相性が良いのか年齢の問題か、ディルにはそれがプラスに働いたというわけだ』
「ということは、やっぱりなんの問題もないわけじゃね」
『……多分』
確認の結果、やはりこの剣はディルに適しているものであることだけがわかった。
より詳しい鑑定結果を望むのなら、古代遺跡に考古学者と一緒に行く必要があるらしいが、別にディルはそこまでは求めていない。
今の自分がこの剣を問題なく使えれば、何も問題はなかったからだ。
「ありがとの」
ディルは説明を終え黙った黒騎士の隣に座り、そっと黄泉還りを撫でる。
当たり前だが、何も返答はない。
この剣は呪いのような効果を持つだけで、誰かの怨念が籠もっているわけではないのだから。
だがその無機質さが、自分には合っているように思えた。
何故なら自分は、恐らくは剣にも感情移入してしまうような人間だから。
ディルはなんとなく、黄泉還しを天に翳してみた。
陽光すら飲み込んでしまう漆黒の剣は、相変わらず禍々しい。
だがこの剣はディルにとって、なくてはならないものなのだ。
これからもよろしく頼むわい。
そんなディルの心の声に、当たり前だが黄泉還りは答えを返さない。
ディルは己の相棒を強く握る。
明日から再開する迷宮攻略に、不安は何一つ感じなかった―――。
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