分岐点 2
黒騎士を誘ってくれたのは、少しおかしなパーティーだった。
まずパーティーのリーダーは、おじいちゃんだ。
年を重ねた歴戦の将軍という感じでもなければ、年の功を活かして柳のような流麗な戦い方をする達人という感じでもない。
その辺の民家に入ってみて、おじいちゃんを一人出してくださいと言えば出てくるような、良く言っても何の変哲もない老人だった。
その名はディル、別にお金に困っているというわけでもないのに迷宮へ入ろうとする、不思議な男だった。
好々爺といった感じの男で、とてもではないが戦えるような風体はしていない。
だがなんとなくどこかに剣の切っ先のような鋭さがあって、背中を見せることに心のどこかが抵抗を示したくなるような何かがあった。
それに付き従っているのは、彼の奴隷であるイナリである。
その噂は、あまり冒険者事情に詳しくない黒騎士の耳にも届いていた。
なんでもできる万能な斥候で、その実力は折り紙付き。
ディルが道楽で冒険者の真似事ができるのは、全てその彼女の有能さに理由があるなどと言われていた。
なんでも遙か遠方にある国において、有名な斥候の職についていたらしい。
実際に会ってみると、彼女は抜き身の短刀のような人だった。
己の有能さを針の先のように人に突きつけ、刺すこともいとわないような激しい気性をしている。
だがなるほど、黒騎士が今まで会ってきた、裏社会の人間特有の暗い翳のようなものも彼女は持っていた。
全てを諦めているような、どこか捨て鉢のような、自分の命を物の数に数えていないような自暴自棄にも似た何か。
それは絶望を見たことのある者にしか宿せない、瞳の奥のほの暗さになって表れていた。
ただディルの前では彼女も、その闇に少しばかり明るさが伴うように見える。
もしかしたらその何かが、自分がもう一度誰かと一緒にパーティーを組もうと考えた理由なのかもしれなかった。
最後の一人は、以前から自分と共にソロの中ではそこそこ名前の通っていたウェンディだった。
彼女は仲間に攻撃を当てるからと、今まで誰ともパーティーを組んでこなかった子だった。
そんな人物まで仲間に引き入れているという事実に、食指が動かないと言えば嘘になった。
臨時パーティーを組むことを引き受けてから色々と考えたが、不思議と断ろうという気にはならなかった。
黒騎士にはその理由は、わからなかった。
「グルァアアアア!!」
彼は狂乱状態に陥っている間も、決して自我を失うことはない。
自我はあるのだが、それが決して表に出てくることはなく、表面上はあくまでも呪いの武具による狂った状態だけが表に表れてしまう。
そのために黒騎士は、誰かを攻撃する度に精神的な痛みを味わっていた。
だが少なくとも、ディル達のパーティーに入るようになってから事情は変わった。
ディルは自分の攻撃を受けても、怪我の一つも食らうことはなくそれらを全て捌ききって見せた。
それにより、彼の精神は救われた。
体力こそ浪費させてしまうが、自分は誰かと一応足並みを揃えることはできるのだと、そうわかったからだ。
特異かもしれないが、それでも誰かと歩調を合わせることができる。
その事実が彼の心にどれだけの安寧を与えることになったか、それは筆舌に尽くしがたいものだった。
ディル達とパーティーを組み、何度か行動を共にするようになり、彼らが行う酒盛りにも参加するようになったことで、黒騎士の行動範囲や人付き合いは確実に広がった。
今まで話したことがない人とも(もちろん筆談ではあるが)話せるようになったし、それにより見識も広がり、考え方にも影響が出てくるようになった。
黒騎士は、そうやって自分を変えてくれたディル達に恩返しがしたいとそう強く思うようになっていた。
そしてその気持ちはディルと二人で遊びに出掛け、彼と話をしたことでより強くなった。
呪いというのは非常にデリケートなものであり、その手綱を取ることに失敗することは即命の危険に繋がってくる。
だから彼は現状維持で構わないと思っていた。
その考えを変えたのは、間違いなくディル達だった。
自分がもっと頑張れば、彼らの役に立てる。
そしてそれがまた、自分という人間を変えてくれる。
そんな単細胞な考え方をして、黒騎士は己の武具と向き合うことを決めた。
それはきっと彼が今まで人というものの温かみに触れなかったからで、今まで誰一人として彼の堅い殻を破ろうとしてこなかったからで……そしてその分厚い甲殻を破ってくれた者へ、狂信に似た感情を抱いたことが原因なのだろう。




