分岐点 1
黒騎士という人間は、誰からも祝福されることなく生まれてきた。
その生き様はある種、呪いのような何かが降りかかっているようであった。
彼は生まれた日、産婆によって抱えられた瞬間から普通とは異なっていた。
産湯に浸からされ、血と汚れを洗い流す中で、その異常さが明るみに出てしまったのだ。
両性具有者は生まれたその瞬間から、異端裁判にかけられるべき存在なのだから―――。
両性具有というのは、未だ人間達が神権政治による宗教政権を持っていた頃は、神からの御使いと考えられていた。
男としてのシンボルと女としての証を同時に持ち、多分に神秘的な特徴を持っている彼らは崇められることも多かった。
東方より伝えられたという陰陽道の考え方が流れてきても、それは変わらなかった。
彼らの扱いが一変したのは、魔法やスキルと呼ばれる特異な力がこの世で力を振るうようになってきてからだと言われている。
強力な魔法を行使する存在は男女に関わらず魔女と呼ばれるようになり、人から恐れられる対象となった。
強力なスキルを使い普通の人にはできぬことをできるようになった人間は、時に崇拝の対象にもなった。
魔法を使える者とスキルを使える者は、人とは違う何かとして見られるようになった。
それが悪魔であり、魔女であり、そして時に英雄となったのだ。
両性具有者にはある特徴があった。
それは陰と陽二つの属性を持つ彼らは、基本的に何らかの技能に秀でることが多かったのだ。
彼らの扱いは、地域によって全くと言っていいほどに異なった。
時に神殿で神に仕える巫女のような扱いを受けることもあれば、悪魔の手先と見られ物心つかぬうちから釜ゆでにされることもある。
黒騎士と呼ばれている彼は、名前がない。
そこからも察することができるように、まぁ碌な人生を歩んでは来なかった。
誰からも生まれてきたことを歓迎されることもなく、彼は忌み子として隔離された。
そして成人するまでは誰と一緒に過ごすこともなく生きてきた。
両親とまともに話すことすらなく、言葉をまともに話せるようになったのも周りの子達と比べるとかなり遅かった。
自分は生まれてきてはいけなかったのだ。
自分は呪われた人間なのだ。
特に反駁することもなくそう飲み込めたのは、明らかにおかしな身体のせいかもしれない。
彼は生まれつき、呪具に対して強い耐性を持っていた。
どれほど強い怨念が籠もっていたとしても、使えば必ず狂ってしまうようなアイテムであっても、どんなものであれ狂い死にするようなことはなく使うことができるとわかったのだ。
その体質以外に特筆すべき点はなく、精々他人より多少力強いぐらいで、魔法の才能は欠片ほどもなかった。
そんな彼が呪いの武器を使ってできる、冒険者という職業に就くことになったのは、ある種自然のことだと言えるだろう。
黒騎士は男のような高い背を持ち、胸部はふわりと膨らみフォルムはスラリとしている。
中性的、というか中性そのものだった。
黒騎士は別に幼少期のトラウマで声が出せないわけではない。
ただ、彼は自分の声にコンプレックスがあった。
少年のようで、少女のようでもある、高めの声。
それが高い自分の背と、ミスマッチなように思えてならなかった。
黒騎士は誰かを好きになったことがない。
人を愛したことがない。
男と女、どちらを好きになるのかさえ未だ曖昧で不確かだった。
彼は今まで誰かと深く関わってくるようなことがなかった。
仲良くなるのが怖かった、というのもある。
自分のことを知られれば、気味悪がられるのがわかっていたから、自分から近付くことはなかった。
そんな事情が変わったのは、少し前からだった。
とあるパーティーが、自分のことを臨時メンバーとして雇い入れてくれたのだ。
前々から度々助力を乞われることはあったが、基本全て断っていた。
だが今回ばかりは受ける気になったのは、一体どういうわけだろう。
自分でも不思議だと思ってしまうほどの、心境の変化だった。
そしてそれは彼にとっての、大きな大きな人生の分岐点になったのだ―――。
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