逢い引き
約束をしてから少しだけ時間を空けてから、再度集合することに決める。
ディルは自分も最低限身なりに気をつけておこうと、その間に彼も服屋へ行って最低限の身なりを整えた。
整えたといっても綿服の毛羽だったそれほど高くない物だ、本当に最低限という言葉が合っている。
一応身なりに気をつけて、集合場所にしていた広場へと向かう。
集合時間より少し前だったが、ディルはその佇まいからそこにいる人物が黒騎士なのだとわかった。
「おぉ……」
出てくるのは、感嘆である。
ディルの目の前には、飲み会や食事会の時も外さなかった甲冑を外し、私服姿で落ち尽きなく周囲を見渡している黒騎士の姿があった。
中性的な見た目は変わらず、履いているのはくるぶしのあたりまである長ズボンであり、身体的な凹凸を隠すためか上にはだぼだぼな服を着ている。
ディルが近付いていくと、黒騎士の方もすぐそれに気付いた。
『やぁ』
「やぁ」
まるで会ったのが二回目くらいの距離感の掴めなさで、お互いに挨拶をする。
彼は髪も短く、服から性別もわからないために、中性的な印象が強かった。
ディルは以前、本人から自身が半陰陽とも言われる言わば男でも女でもあるという特殊な人間であることを聞かされている。
「とりあえず、行こうか」
「問題ない」
黒騎士はリングに通された紙束に事前に書いてあった言葉を見せながら首を縦に振った。
彼が言葉を発しないのは声が男性にしては高いからなのか、それとも女性としては低いからなのか。
一体どっちなのだろう。
世界の大きさから考えればどうでもいいようなことを真剣に考えながら、ディルは黒騎士を引き連れて歩き始めた。
特に目的のある散歩ではない。
デートという言い方が正しいのかも、ディルにはわからなかった。
そもそもディルが彼に約束をとりつけたのは突発的な衝動によるものだった。
自分に自信をつけられるようになれば、黒騎士という一個の存在としてもっと飛翔できるのではないか。
更に言えば、黒騎士としてではなく、未だ名前すら知らぬ一人の人間として胸を張って生きられるのではないか。
ディルが考えたのは、つまるところそのようなものだった。
言葉を解するコミュニケーションを、彼自身がそれほど望んではいない。
それが分かっていたディルは、面白さを共有できるような出し物であったり、ただ一緒に物を食べるような買い食いであったり、そういったそこまで意思疎通を必要としないような形で二人で時間を過ごすことを選んだ。
デート、という言い方も少し考えればおかしいかもしれない。
言ってみればそれは、戦友と一緒に遊ぶだけだったからだ。
特に何か特筆すべきイベントが起こったわけではない。
というかそんなものは、一つも起きなかった。
ただ一緒に時間を過ごして、楽しいことを共に共有した。
黒騎士に対して、特に何かを言うこともなかった。
彼が何かを打ち明けるということもなかった。
だが案外、人間関係というものはそういうものなのかもしれない。
ディルは宿に帰ってから、そんな風に思った。
そして次の日、迷宮に籠もろうとしていたディルの下に黒騎士がやってきた。
彼は少し、頑張ってみようと思うとだけ伝えてくれた。
ディルはそれに対し、そうかとだけ伝えて迷宮へと向かった。




