ためらい
「そもそも呪具、というものを定義するのは非常に難しい。というのもこいつらはあまりにも多様性に富みすぎていて、いちいちこれがどうだあれがどうだなどと議論すること自体に意味がないからだ」
ガイウスに試しに伺いを立ててみた所、彼は問題なくオーケーを出してくれた。
そのため以前来たのとは違う、冒険者らしくない落ち着いた雰囲気の喫茶店に二人はやって来ている。
ディルが尋ねたのは無論、呪いの品物や呪具などと呼ばれる呪いを受けた品々についてのことだ。
商売敵に教えるのに損はあっても得はないはずなのだが、彼は初めてディルにあってからというものこの爺に非常に好意的だ。
「呪具、呪物、遺物、呪いの品……呼ばれ方が沢山あるということは、それだけこれらのアイテムがメジャーだということだ。呼び方も一つじゃない。たとえ呪いの武具のことをカースドウェポンと呼ぶ者もいれば、民間伝承に出てくるアイテムをなぞらえてバギなんて呼ぶ奴もいる。王国という国を出て、海を渡り、砂漠を乗り越えたあらゆる場所で古来から知られている」
「歴史がある、ということか」
「そう、それだけ数多くの種類があり、その分類は非常に困難だと言っていい。例えば呪いの籠もった短剣には、ただ切れ味が良くなるものもあるし、使用者に呪いをかけ様々なバッドステータスをかけるものもある、あるいは切った人間を呪うなんてものもあるな」
呪物を語るより、そこにかかっている呪いを分類した方が早い。
王国から遠く離れた山奥にひっそりと暮らしているらしい、一人の学者がいる。
現世で人と関わることを嫌がったそいつは、呪いというもののそもそもの種類は三つであることを突き止めた。
1 持ち主の強い怨念・周りにあった強い想念が生み出したもの
2 古代文明によって生み出されたもの
「古代文明が、呪いを生み出す……?」
「それは正確には呪いじゃない。だが発展途上の今の技術だと、呪いと区別がつかないというだけだ。例えば振るう度に体力を削られる剣があるとする。これが1で呪いによって命が削られているのか、2によって呪いに似た効果が発揮されているのかはわからない。どちらが勝っているかは甲乙つけがたいが、呪具を使う上級者であれば1を使うことが多いな」
1と2の違いは、一体どういった部分に出てくるのか。
ガイウスはそれを実例を引き合いに出しながら教えてくれた。
要は呪いという生の負の感情をモロに食らうのが1で、そうでないのが2ということらしい。
ただしどちらの場合も体調の変化や能力値の上下は伴うために、使っている様子を見ただけではそれらの違いはわからないことも多い。
一般的に副作用や呪いに飲み込まれたときの反動は、2の方が小さくなる傾向にあるらしい。
もしかすると2の呪具は呪いの武器をある程度誰にでも使えるように、汎用化させたものなのかもしれない。
この種別をガイウスが最初に話したのには、無論理由がある。
この二つの種類の違いが、そのまま呪いの御し方に関わってくるというのだ。
2の場合、呪いを御すための方法は比較的簡単だった。
未だ施設が生きている迷宮を潜り、奥深くまで入ってからそれを動かせばいい。
そうすればその呪具を使う人間によってチューンアップすることが可能らしい(ただしその場合、ある程度古代の施設を操れる人間の同行が必要らしいが、お金さえ積めるなら問題はないらしい)。
そして曲者なのが1の場合なのだとガイウスは言う。
実際に人間の怨念等の負の気持ちにより形取られた呪物は、その御し方がてんでバラバラだ。
実際に呪具に拷問をかけて呪いを制御できるようになった例もあれば、今まで御せていたはずの呪具に下手なことをしたせいで精神がもっていかれるようなこともあるらしい。
ただ1の場合において一番やりやすいのは、呪具との対話だと彼は言う。
「俺はやったことがないが、呪具との対話自体はそれほど難しいことではないらしい。例えば寝る前に枕下に呪具を置いたりするだけでも可能らしいからな。まぁ、命の保証はできないわけだが」
ただ呪具の制御を実際に行うとなれば、覚悟が必要なのだと言う。
もし失敗すれば、即座に命が関わるからだ。
これらの情報を聞き、ディルは迷った。
彼としては、黒騎士がこれからしっかりと自分たちのパーティーの中に入れるように呪いを御してもらいたい。
だがいくらなんでも、そのために命を賭けてくれというのは流石に無理があるだろう。
それなら今まで通りでもいいのではないだろうか。
そんな思いが頭をもたげる。
今のままでも、断続的に戦闘をする際、つまりはボス戦などの強力な敵と戦う時には十分な戦力になるのだ。
ディルが話を聞き終え、帰ろうとした時、ガイウスはその折れ曲がった背中に声をかけた。 それは心配しているようでもあり、また突き放すように厳しくもあった。
「大切な話をする時にそれをためらうようなら、パーティーなど組むべきじゃない。何でも話せるというのが、仲間というものだ。俺には必要なくとも、お前らには必要なんじゃないか、そういうやつらが?」
ガイウスの言葉、ディルが宿に戻り目を瞑っても、耳の奥にずっと残っていた―――。




