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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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少し立ち止まって




 そろそろ下層に入ろうか、と誰かが言い出したわけではなかった。

 だが誰が言ったわけでもないのに、気付けばディル達は準備を整え、下層へと向かおうということになった。

 ディルには目的がある、そしてイナリは彼についている。

 ウェンディと黒騎士は一体、どうして自分たちに従ってくれるのだろう。

 気になったが、その理由はすぐにわかった。

 彼女達は、楽しんでくれているのだ。

 迷宮の探索を、そしてディル達と一緒に行う冒険者稼業を。

 その気持ちは、ディルにもよく理解ができた。

 疲れるし、命の危険もある。

 だがたしかに、楽しいと思っている自分もいた。

 ディルはこんな風に思える自分がいることに驚き、若い者達に囲まれて気持ちが若返っていることに気付いた。

 迷宮探索を再開する前日の夜、彼は一人宿を出て空を眺めていた―――。




「…………」


 魔物が大量に野に放たれている地域には、瘴気と呼ばれるものが発生する。

 それがどういう物なのかはよくわかってはいない。

 だが瘴気が広がる地域では人が住みにくくなり、空から照らされる光が激減するのだという。

 ディルが見上げている空には、キラキラと星達が輝いている。

 年のせいか少しぼやけては見えるが、そこにはディルの故郷から見える星となんら変わらぬ輝きがあった。

 星座の名前を覚えているわけではない、ただ幾つかの強い光を放つ星の位置をおおまかに理解しているだけだ。

 ディルはそのうちの一つ、赤い光を発している光を見つめていた。


(空には幾つもの光がある。それなのに白と赤に光り方が違うのは、一体どういうわけなんじゃろう)


 そんなことを考えてみるが、天体学者でもないディルにはもちろん理由などわからない。

 答えを求めているわけでもない、ただなんとなく考えているだけだ。

 正答が出るわけでもない問題に、頭を悩ませることができる。

 空腹に耐えかねて早く寝ることもなく、空を見上げていられる。

 それは当たり前なようで、当たり前ではない。

 裕福と言えるような生活を送っているなど、少し前なら考えられなかったことだ。


 人間には天機、天が与える機会が存在しているのだという。

 だとすればディルは、それを掴んだことになるのだろう。

 手に入れるのが少しばかり遅かったかもしれないが、それもまた天運ということだ。

 息子が産まれ、孫が産まれ、自分の血を引く者達がまた新たに歴史を紡いでいく。

 人間の営みとは、そういったことの繰り返しなのかもしれない。


 眼前に広がっている雄大な星達を見つめていると、なんだか自分という人間がちっぽけな存在に思えてきた。

 ふと家族のことを思い出したのは、あまりにも大きな夜空に感傷を引き起こされたからなのかもしれない。


 なんとなく、腰に提げている剣を抜く。

 『黄泉還し』を天に掲げると、黒い刀身は星の光を吸い込んで闇に溶け込んだ。

 考えてみると、この剣は自分という人間の運命を変えた剣かもしれない。


 これがなければディルは、今のように剣の心配をせずに冒険者としてやっていけただろうか。

 これを使うことでディルは、活力が増した。

 そのほんの少しの違いが、どこかで運命を分けていたかもしれない。

 サイクロプス討伐の時に、命を落としていた可能性は十分に考えられる。

 自分がこの剣を偶然見つけ、買い取ることができたのもまた運命なのかもしれない。


「……いかんの、なんでもお天道様のせいにするのは逃げているだけじゃ」


 運や偶然というものは、たしかにある。

 だがそれを引き寄せるのは、あくまでも己自身だ。

 ディルが今こうして立っているのは、あくまでも己の力。

 剣も、仲間も、スキルだって。

 生まれもってのものか後天的なものかは置いておいても、ディル自身のものなのだ。


 剣を眺めていると、なんとなくスキルを使い素振りをしてみたくなった。

 剣を八相に構え、振り下ろす。

 その動きは、自分でも気味が悪いと思ってしまうほどに滑らかで動作の間の隙間がなかった。

 『見切り』というスキルも、随分とおかしなスキルだ。


 戦いの活路を開き、移動を最適化させ、攻撃を予測して避け、最適な答えを教えてくれる。

 ディルはこのスキルにずいぶんと頼ってきたが、よくよく考えるとあまりにも万能すぎるような気もする。

 もしかするとこのスキルは何かもっと別の、得体のしれないようなものなのかもしれない。


「―――なんていうのは、流石に考えすぎかの」


 思い詰めるのもアホくさかったので、ディルは剣をしまいゆっくりと歩き始めた。

 空に光る赤い星は、相変わらず一際強い光を放っている。

 だがディルは一番星であるその赤い星の隣にある、白くて鈍い輝きを持つ星の方が好きだった。

 一番目立つ者の隣にいても、しっかりと存在感を示しているそのシブさがいいのである。

 こういうものが好きになることが、老いということなのかもしれない。

 そんな風にまた感傷的になりながら、ディルは宿へと戻った。

 明日からは下層探索。

 また老体に鞭を打つ日々が始まるのだ。

 だが不思議とそれが嫌ではない、いやむしろ楽しみですらある。

 こんな日々が続くことを、人は幸せと呼ぶのかもしれない。

 世界が明日も続いていきますように。

 星と空とその下に生きる人達に、ディルはそう願った―――。

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