ガイウス
「おいジジ……」
「まあまあ、ちょっとお散歩にでも行きましょうか」
「わっと!?」
一触即発の雰囲気を壊してくれたのは、マリウスだった。
彼は飲み過ぎですよと軽くたしなめながら、コルネリウスの肩を掴み酒場の外へと連れて行く。
去り際、彼は一瞬だけガイウスとディルの方を向いてパチリとウィンクをした。
それを見てガイウスはフンッと鼻から息を吐いた。
いちいち格好つけないといけない質なのかもしれない。
二人が出て行き、とりあえず酒場に平穏が戻った。
ちょっと視線をズラす。
「――で、そこでさ……」
「ふーん…………」
グリードは必死にエルザに話しかけ続けていて、最初はいちいち反応していたエルザも面倒くさくなりはじめたのか今は自分の爪を見つめながらつまらなそうに対応をしている。
静観していたら、こっちを見てなんとかしてくれ的な表情を浮かべてきた。
援護射撃のしようもないので顔をしかめると、顔に絶望の表情を浮かべながらどんどん相槌が適当になっているエルザへの攻撃を再開し始める。
そんな二人をおいておいて、この機会だからとディルはガイウスと話をすることにした。
恐らくマリウスはディルのことを考えて、こうしてある程度落ち着いて話のできる環境を整えてくれたのだろう。
そもそもグリードと話をするからには、何か目的があるはずだ。
予測し考えて、気を回してくれたのだと思う。
折角のチャンスを不意にはしたくなかったので、ディルは早速取りかかることにした。
「今までガイウスが手に入れてきたもので、一番有用だったアーティファクトって何がある?」
「そうだな……ダンジョンはここじゃないが、十五年の若返りのアーティファクトだ。おかげで孫の代まで豪遊できる位の金が手に入った」
「へぇ、若返りの……」
ここ最近ダンジョン生活を続けていたり、ウェンディや黒騎士達の新たな仲間との探索が結構楽しかったので忘れてしまいそうになるが、ディルがダンジョンにやってきたのはそもそもイナリの縮んだ寿命をなんとかするためである。
イナリは己の体内で毒を生成できるようになるために多量の毒を摂取し続け、結果としてその身体を毒に冒されることになってしまった。
それを治すための技術は現代にはなく、活路は過去にしかない。
なんとかするためには逸失した技術で作られた古代のアイテム、アーティファクトが必要なのである。
ディルが探しているのはこのアーティファクトの中で、イナリの身体から毒を消し去ることができるような物だけだ。
「五年でいいなら在庫あるぞ、別に金には困ってないから貸し一つでやってもいい」
「五年じゃと……ちょっと厳しいのよね」
「――ほう、お前が使うわけじゃないのか」
意外そうな顔をするガイウス、どうやら彼はディルが探索をやっている理由を不老を求めているからだと思っていたようだった。
だが五年ではダメなのだ。
イナリが故郷でクノイチとしての修行を始めたのは、かなり小さい頃からだったと聞いている。
今の彼女の年齢を考えると、完全に毒を消し去るためには十年、余裕を見るのなら十五年ものの若返りのアーティファクトが欲しいところだった。
だがどうやら、このサガンの迷宮でガイウスは十五年ものの若返りのアーティファクトを見つけていないらしい。
これは最前線を突っ走る彼からでなければ得られない貴重な情報である。
「体内の毒素を吐き出させるアーティファクトとか、持ってたりする?」
「解毒か……前に拾ったことはあるが、全部売ったな。結局解毒するより、耐性装備をつけた方が手っ取り早いし戦闘に支障が出ない。それに解毒なら普通に売ってる解毒薬でも、大抵はなんとかなる」
「そうじゃよね……」
「少なくともサガンじゃあそこまで高い等級のは見てないな。鑑定結果も見ずに売ってるから詳しくは知らんが」
ディルが目をつけ探しているのは、強力な解毒のアーティファクトである。
アーティファクトには若返りなら五年、十年、十五年といったように同じ種類のものでもその有用性はピンからキリになっている。
アーティファクトのものとしての価値の高低は、それ専門の鑑定士と呼ばれる職業人達に調べてもらう必要がある。
見てくれや今まで出てきたものの特徴からある程度は判別できるので、基本的に鑑定士に頼むのは最後のダメ押しや正確な効能を求める場合だけだ。
ただガイウスの反応を見ていると望み薄、と考えた方がいいかもしれない。
それからも幾つかガイウスは色々と役に立つ情報を教えてくれた。
ディルから出せるものは金くらいしかなかったが、そんなものはいらんと彼はただでディルに色々なことを教えてくれたのだ。
おかげであまり期待しすぎずに探索を進めることができそうだった。
中々出ないようなアイテムを探そうとするのなら、以前見つけたあの隠しボスのいる部屋のような、ダンジョンの中のイレギュラーにも手を出すのが一番効率がいいらしい。
ああいった場所で出る財宝やアーティファクトはピンとキリの間が更に開き、基本的には丸損ということも多いらしい。
だが極々稀に、とてつもないようなアイテムが出ることもあるのだという。
ガイウスは隠しボス討伐のことを、『富くじ』と呼んでいるらしい。
帰ってきたコルネリウスや撃沈したグリードと酒を酌み交わすうちに、気付けば朝になっていた。
そして気付いたときには既に、ガイウスの姿は消えていた。
どうして自分に、これほどまでに親切にしてくれるのか。
不思議だったし恩を返したいとも思ったが、今のディルには彼が求めている物は何一つ出せない。
今後はもらってばかりではなく、こちらからも返すことができるだろうか。
色々ないざこざもあったりはしたが、期待していたよりもはるかにたくさんの有益な情報を仕入れることができた。
ディルの下層冒険者としての生活の前途は、明るそうだった―――。
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