赤皇帝
「……」
ディルは自分を見通すような、透徹とした眼差しを受けて思わず喉をひくつかせた。
彼の向かいにいるのは、赤い髪をした男だ。
自分の腕に自信があるもの特有の尊大さは持っているが、ただおごり高ぶっているという訳でもない。
見ている人間を包み込むかのような包容力を感じさせる不思議な雰囲気があった。
『赤皇帝』のリーダーの名は、パーティー名そのままガイウスという。
自分の名前をそのまま自分たちのパーティーの名前にするというのは、なかなかな自尊心である。
このような名付けをしているパーティーというのは大抵の場合ワンマン、つまりリーダー一人の実力に負うところが多い者達であることが多い。
だが『赤皇帝』の場合は、事情が少しばかり異なる。
彼らは皆が、ガイウスに心酔している。
誰相手にも引かない気高さに、誰よりも己を厳しく律する内面に、そして何よりも向かうところ敵無しの実力に。
『赤皇帝』とは良くも悪くも、ガイウスがいるからこそまとまっているパーティーだった。 回復役のプリーストも、斥候の男も、更に言うなら常に付き従うポーターすら、一筋縄ではいかない面々ばかりだ。
彼らを従わせることのできるガイウスという男は、冒険者としては一流なのだろう。
噂ではとある貴種の傍系という話だが……もしかしたら真実なのかも、と思わせるような風格はたしかにある。
ディルが自分をじっと見つめるガイウスを見つめ返し、しばし沈黙が続く。
互いに何を言うでもなく、まるで一目惚れでもしたのかというように二人は視線を外さなかった。
ガイウスがフッと小さく笑う。
理由はわからなかったが、なんとなくディルもそれに合わせて笑ってみた。
その場の空気が弛緩する。
一息ついたディルの隣から、必死でアプローチをして袖にされているグリードの声が聞こえてくる。
けんもほろろな態度のせいか、少し悲しそうだった。
頑張れ、と心の中で応援しておく。
「爺さんって、結婚とかしてるの?」
「孫もおるよ。食い扶持減らしで冒険者やっとるの」
「老後の心配しなくちゃいけないとは世知辛いねぇ。身体にガタが来たらいつでも言ってくれな、イナリちゃん言い値で買い取るから」
『偽りの翼』のマリウスという男が話しかけてくる。
軽薄そうな態度をしていて、ヘラヘラと薄い笑みが顔にひっついている男だ。
人当たりはいいのだろうが、目の奥は笑っていない。
人付き合いがあっても友達は少なそうなタイプだった。
そんな風に冷静に観察してから、ディルは自身友達が片手で足りている現実からそっと目を背けた。
「なぁ、アンタも戦うのか? ていうか、戦えるのか?」
「まぁ、人並み程度にはといった感じじゃろうか」
「戦力的にはお荷物だろうに、パーティーメンバーは可哀想だな」
マリウス、ガイウスはどちらも三十は超えている。恐らく四十手前、魔力的にも体力的にも脂が乗っている壮年の男だ。
『流浪姫』のエルザと『翡翠の眼』のグリードは彼らより少し若い、三十前後と思われる。 そして今ディルに話しかけてきている男は、未だ幼さの抜けていない垢抜けた顔立ちの青年だった。
『黒い雷』のリーダーのコルネリウスは、苦労はしてきていてもそれを感じさせないような若々しさを持った男だった。
未だ若輩者だという意識があったからか、他の者達に遠慮した様子を見せている。
ディルに少し当たりが強く接してきたのは、その反動なのかもしれない。
それとも自分の分け前が減るかもしれないから一発カマしておこうという腹づもりなのだろうか。
なんにせよ、若い。
ディルには彼がとても眩しく思えた。
「なぁガイウスさん、あんたもそう思うだろ?」
「―――コルネリウス、お前は一流とは何か、考えたことがあるか?」
「はぁ? ね、ねぇけど……」
「力を見せびらかすのは二流、爪を隠すのが一流、高い技術でも実力が隠しきれなくなるのが超一流だ。覚えておくといい」
「お、おう……」
ガイウスの独特の雰囲気に飲まれたのか、コルネリウスはそれ以上何も言わずに黙って葡萄酒に口をつけた。
『赤皇帝』のリーダーの方は満足を覚えたのか、一人で料理に舌鼓を打ち始めていた。
それを見て新参者の青年は口をへの字に曲げている。
自分の意を汲むどころか、なんだかよくわからないうちに説法を受けたのが気に入らなかったのだろう。
怒気がこっちに飛んできたらどうするとガイウスを軽く睨むが、全く意に介していない様子だ。
自分の世界を持っている人間はこれだから面倒だ。
全く人の意を斟酌しないし、独自の世界を持っているから自分が絶対に正しいという根拠のない自信を強く信奉している。
コルネリウスは不満のやり場がないからか、グイッとエールを煽ってからジョッキを机に叩きつける。
冒険者達御用達の店だけあって、テーブルは何時壊れても替えられるような安物だ。
一流冒険者の叩きつけを食らい、早くもミシリと嫌な音が鳴っている。
怒りをディルにぶつけようとしているコルネリウスを見て、誰かがぴゅうと口笛を吹いた。 静観して楽しもうという腹らしい。
矢面に立つ人間の気持ち、ちょっとは考えんしゃい。
まともに顔つなぎの一つもできなそうな飲み会から帰りたいと、早速思い始めるディルであった。
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