だし
冒険者が好む場所とは、一体どのような場所だろうか。
彼らは人よりもはるかに強く強力なスキルや魔法の才能を持ち、力を持たぬ人などからは化け物や人外などと呼ばれることも多い。
冒険者達の中でも一つ頭を抜けたところにいる者達からすれば、他人から奇異の目で見られることには慣れている。
誰にどう見られようと構わないと考えるからこそ、彼らは自分達が居て居心地の悪くない場所を選ぶことが多い。
では冒険者達の居心地の良い場所とは、一体どこか。
それは中流階級が好んで使う、テーブルマナーやドレスコードがギリギリあるかなしかといった料理店であることがほとんどであった。
その原因は、彼らの出身にある。
力ある冒険者の中に、寒村からその身一つで成り上がった田舎者のような者はほとんどいない。
大抵の場合、彼らは貴族家の庶子や三男坊四男坊であったり、爵位を継げぬ騎士爵の父を持つ子であることが多い。
小さな頃から親の教育で、戦うための術を学んだ。
そんな彼らだからこそ、冒険者としてある程度身を立てることができるのだ。
剣一本を持ち上京し、挫折することも屈折することもなく成功できた人間は多くない。
実際に戦えるだけの戦闘能力か、戦闘用のスキルを持つ人間というのは、それだけ数が少ないのだ。
冒険者達はギルドを経由しない個人間の情報網を持っている。
それは今ホットな稼ぎ場所であったり、周囲の人間達の狩り場の移動であったり、最近出てきたアーティファクトの内容であったりと様々だった。
サガンでは一流とされている、五つの冒険者パーティー。
『赤皇帝』・『偽りの翼』・『翡翠の眼』・『流浪姫』・『黒の雷』である。
サガン迷宮を収める貴族の間接税の実に二割を占めているなどと噂されている彼らの口の端に、最近よく上るようになった冒険者パーティーがある。
実力が高いから、というのが無論一番の理由ではある。
だがそれ以外にも彼らがパーティー名がない故に『無銘』と呼ぶ四人組のことを話す理由があった。
『無銘』のリーダーを務めている人間が―――老人なのだ。
カランカランと、ドアについている鉄製のドアベルが鳴る。
扉を開き店の内側へと押し込んだディルは、自分を見つめている五対の視線を見て思わずウッと呻き声を上げた。
そこにいる彼らには、オーラのような凄みがあった。
特に狙ってやっているわけではないのだろうが、見つめられるだけで威圧感を感じるような何かがあるのだ。
「よぉ」
「あぁ、どうもどうも」
ディルはとりあえず足を前に進めて、唯一と言える知り合いの男の隣に座った。
世界が自分を中心に回っているとまでは行かずとも、自分が世界の回転に合わせられるというような自信を見せている彼はグリード。
金の前髪をフッと吐息で上げる癖のある彼は、ただ酒でも飲みながら軽く探りを入れる程度だったはずの晩ご飯の席を、味がわからなくなりそうな威圧感に包ませた張本人でもあった。
彼がディルと一緒にご飯を取ることをみだりに言い回ったせいで、今までディルが遠目からしか見たことがないような者達と席を同じくすることになってしまったのだ。
「驚いた、本当におじいちゃんなのね」
「俺は嘘は言わねぇよ」
「ちょっと大げさに言ってるのかと思ったのよ」
「ガタピシいう身体に鞭を打ってなんとかやっとります」
長机は三人ずつが対面できるような六人用のもので、ディルはテーブルの端に座った。
隣にいるグリードと話をしているのは、ディルからするとグリードを挟んだ先にいる一人の女性だった。
艶のある黒い髪をばっさりと地面に平行に切っている。
緑色の目は興味ありげにディルを見つめており、好奇心は旺盛そうだ。
少女の心と剣の理の二つを持った少女だ、と思った。
恐らくは『流浪姫』のメンバーの一人だろう。
「ウケる、もっとこう老将軍みたいなのを想像してたし」
「普通のジジイだよな、良くも悪くも」
「……まぁ持ってる剣は普通じゃないみたいだけど、ね」
意味ありげな視線を向けられたので、ふいと顔を逸らしておく。
彼女――名前はエルザというらしい――に対して、グリードは果敢に話しかけていた。
その若さ故の熱意には見覚えがある。
どうしてグリードがわざとこんな席を設けたのかが不思議だったが、ようやく得心がいった。
自分はどうやら、エルザと会うための口実にされたらしい。
別に腹は立たないし、むしろ頑張ってくれとも思う。
だがせっかくの機会なので有効活用しても罰は当たらない。
ディルはそっぽを向いた先にいた、不機嫌そうな顔をした男へ話しかけることにした――。
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