酒は飲んでも
ディルが想像していた黒騎士の中身は、傷だらけの顔を持つ強面の男だった。
呪いの武器で全身をコーディネートし、敵の攻撃など意にも介さずに攻撃を続ける様子が、中にいる人物が悪鬼のような男であるというイメージを植え付けていたのだ。
だがそこにあったのは、ディルが想像していた歴戦の戦士とは似ても似つかぬ男の面相だった。
「……」
喋るつもりはないのか、無言でディルの方を見つめている一人の男性。
その顔は頬を走る傷も、兜を通り抜けた砂礫でできた小さな傷もない綺麗なものだった。 ぱっちりとした二重は漏れてくる陽の光を吸い込むような黒目であり、すっきりと通った鼻梁が清涼な印象を与えてくれる。
髪は毛先が赤いが根元が黒くなっており、メッシュか何かを入れているようだ。
長さは肩にかかるほどで、男にしては少しばかり長い気もする。
(……いや、もしかしたら女の子?)
その鎧のがっちりとした形からそれを着ているのは男だとばかり思っていた。
だが現れた顔はひどく中性的で、性別がどちらなのかはいまいち判然としない。
ディルは鎧を凝視してみるが、見慣れた鎧の上からでは全く様子がわからない。
ただもし女の子だった場合はセクハラになるかもしれん、と慌てて顔を上げた。
「お前……忌み子か?」
「……」
イナリの不躾な質問に対し、黒騎士は顔をしかめることもなくコクリと頷いた。
ディルは忌み子が何を指している言葉なのかはわからなかったが、言葉の響きから察するにあまりおおっぴらに言う言葉ではないのだろう。
ちらとウェンディを見ると、彼女はよくわかっていないようだった。
どうやらイナリと黒騎士の間でだけ通じる言葉らしい。
イナリをたしなめようと口を開こうとすると、その脇からひょっこりとウェンディが顔を出し、
「黒騎士さんって男なんですか? 女なんですか?」
更に無遠慮な質問を重ねていく。
いや、流石にまだそこまで仲良くない人に聞く質問じゃないじゃろぉ!
ディルの内心はパニックだったが、聞かれている張本人である黒騎士には相も変わらぬ様子。
精巧な人形のように、全くといっていいほど表情の変化が見受けられない。
黒騎士は少しためらいがちにディルを見て、次にウェンディを見て、そして最後にイナリを見た。
彼(彼女?)はそのまま腕を組み、首を傾けてはてなというジェスチャーをする。
少し落ち着いたおじいちゃんは、再度あわあわし出す。
いや、それは一体どういう意味じゃ!?
何がどうなったら自分の性別がわからなくなるんじゃ!
黒騎士の答えに彼と同様に首を傾げるウェンディ、落ち着きがなくなったディル。
そんな変な動きをしている三人を見てイナリがハァとため息を一つ。
「お前が顔を晒した……ということは私の口から説明しても?」
コクン、イナリの言葉に対する答えはYESだ。
彼女は仕方ない、とめんどくさそうに前置きをしてから口を開いた。
「こいつは忌み子、つまり我が国で生まれてきてはいけないとされているとある特徴を持っている」
「生まれてきてはいけない子などこの世にはおらん! そうじゃろ?」
「一般論の話だジジイ。迷信は根深いからな、」
忌み子、忌まれる子というのは穢れていると考えられ生まれながらにして虐げられる存在の総称だとイナリは続けた。
例を挙げれば極稀に、先祖返りで純粋な人族の両親から犬の耳が生えた者が産まれたり、身体から色素が抜け落ち真っ白な肌と髪を持つような者が誕生することがある。
ただの偶然であり本人になんら過失はないのだが、世間一般からすれば生まれてきたその子は普通とは明らかに異なる見目をしている。
そういった者達は差別や迫害の対象となることがほとんどだ、と結んでから彼女は弁論で乾いた喉に酒精を流し込んだ。
「どうしてイナリさんは黒騎士さんが……そういう類の人だとわかったんですか?」
言葉を濁して聞くウェンディ、どうやら最低限の配慮をするくらいの思慮は残っているようだ。
明らかにデリケートな問題だ、ディルとしてはさっさと別の話題に乗り換えたいのだがどうやらイナリにそのつもりはないらしい。
「こいつと似たようなタイプと会ったことがある。魔力の感じというか……雰囲気でわかるんだよ。今までは鎧で紛れててわからなかったがな」
で、結局黒騎士はどのような変わった特徴を持っているのか。
その疑問がディル達の脳裏に浮かぶ。
それを待っていたのか、イナリは間髪入れずに続けた。
「こいつは半陰陽……つまりは男女だ。下世話な言い方をするなら、両方ついてると言った方がわかりやすいか?」
「両方……」
「ついてる……」
あまりに直截な言い方にディルとウェンディは思わず呻きに似た声で言葉を繰り返す。
つまり黒騎士は、男でもあり女でもあるということだろうか。
正直性別がどちらであっても構わないと思って誘いはしたが、まさかどちらでもあるとは想像していなかった。
意外を通り越し驚愕の表情が張り付くウェンディを見て少し冷静になり、ディルは気持ちを落ち着ける。
そして黒騎士がイナリに喋っていいと言った意味を、よく考えてみることにした。
この告白をするのは、黒騎士にとってかなり勇気が言ったはずだ。
忌み子というものは差別や迫害に遭う、先ほどそう説明を受けたばかりではないか。
だがそういったことになるリスクも踏まえた上で、黒騎士はそれを自分たちに打ち明けてくれた。
それは即ち、今後も一緒に仲良くやっていきたいという、彼なりの誠意なのではなかろうか。
身体に多少のコンプレックスくらい、誰でも持っとる。
ワシも背丈とか頭皮とか、昔から気にしいじゃったし。
それが少し大きくなったと思えばええ。
じゃから今は彼が気取られる可能性を考慮してまで素顔を見せた、そのことに感謝をしようじゃないか。
「よし、今日は浴びるように飲もう!」
「―――そうですね、どうせなら皆の秘密の暴露大会でもしちゃいましょうか!」
「……ハッ」
「…………」
折角の酒盛りだ、このまま黒騎士だけが丸裸にされるだけで終えてはもったいない。
どうせならこの機会にもっと親睦を深めてしまおうじゃないか。
互いの全てを、認め合えるくらいに。
そんなディルの思惑に、ウェンディが座に乗りに行く。
彼女はそういったところの空気は読み違えない女性であった。
そして向かいのテーブルからそんな風に奮起する二人を見て、彼らの心情を察するイナリ。 流すように軽く笑っているが、大声でおかわりを頼んでいるから気分を害しているわけでもないだろう
黒騎士は相変わらず喋らないし、表情も全く変わらない。
だが彼はディルの言葉に合わせるかのように杯を掲げていた。
恐らくは自分も付き合う、という意味だろう。
結果としてディル達は大はしゃぎし、イナリを除く三人の記憶がなくなるまで飲み明かした。
次の日の昼になってから意識を取り戻したディルは、何故かひっくり返っているテーブルや半壊になっている扉に気付き、顔を青ざめさせる。
ウェイターから笑顔で渡された明細を見て叫び声を上げながら、彼は酒飲み達へ忠告する者が良く言うこの言葉を思い出していた。
『酒は飲んでも、飲まれるな!』
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