臨時
「ブルアアアアッ!!」
ディルが剣を構え、腰を落としながら腕を交差させる。
どのような攻撃が来ても反応をしようとする彼に対し、黒騎士が選んだのは雄叫びを上げながらの突進だった。
鎧を通しているからか、ひどくくぐもった声を出しながら走ってくるその様子は正しく狂乱と言っていいだろう。
普段のような理知的な姿はどこにもなく、そこには獲物を逃がすまいとする肉食動物のような獰猛さだけがあった。
黒騎士は両手に構えた剣を横に薙ぐ。
それほど広くないダンジョン内であるにもかかわらず、そんなものはおかまいなしだ。
ディルは見切りを使用、スキルの出した最適解は受け流しではなく回避であった。
後ろに倒れ込み、倒れる寸前で剣を地面に突き立てる。
そして背筋を使って即座に起き上がった。
音こそしなかったが、腰の辺りがビシリと痛む。
腰痛が再発しそうな気配に顔をしかめながら、ディルは前に出ていった。
黒騎士の狂乱状態は、目に付いた最も至近距離の生き物を殺そうとする。
だからこそディルが近くに居る限りは彼以外のことを狙わないし、逆に言えばディルが距離を取り過ぎてしまえばその狙いは他のパーティーメンバーに向かってしまうのだ。
イナリあたりなら十分耐えられるだろうが、純魔法職のウェンディが黒騎士のラッシュをかいくぐれるとは思えない。
そのためディルは黒騎士が意識を取り戻すまでは、近くに居て注意を引きつけなくてはならないのだ。
黒騎士が剣を片手に持ち変えて、力任せに叩きつけてくる。
剣技もへったくれもない、純粋な振り下ろしだ。
ただ元々の腕力があるせいか、その速度自体はかなり高い。
ディルは剣を使い少しだけ剣筋を逸らし、空いたスペースに自分の身体を潜らせた。
黒騎士は地面に叩きつけた自分の剣を、足で蹴り上げてそのまま振り上げの攻撃へと移る。
鎧も剣も傷みにくいとはいえ、あまりにも力技が過ぎる。
斜めにかち上げられた攻撃を避けて、試しに鎧を軽く小突いてみた。
キンと甲高い音が鳴り、剣にも鎧にも傷はつかないままだ。
どうやら呪いの武器としての質は、黄泉還しも負けてはいないらしい。
黒騎士の膂力が強いのか、それとも剣や鎧にタネがあるのか、彼は両手持ちの大剣を軽々と振り回してみせる。
本来なら隙が大きく攻撃をもらいやすい攻撃後の間隙も、着ている鎧がカバーをしてくれる。
そして剣自体の取り回しもできるため、返しに放たれる相手の攻撃に対しては片手で放った軽い一撃でも十分に対処が可能。
黒騎士の戦い振りをじっくりと間近で観察するのは初めてだったので、ディルは戦いながら彼の一挙手一投足に注目していた。
薙ぎを含む両手での強力な一撃は、受け流すのではなく少し余裕を持った形で避ける。
片手を使った軽めの攻撃や、腕の振りだけで放たれる斬撃は受け流すか、薄皮一枚のところで避けていく。
黒騎士は攻撃の速度と手数自体は多いが、繰り出してくる攻撃のバリエーションはそれほど多くない。
狂乱状態で攻撃をしているからか、ディルを見て彼用に攻撃のロジックを組み立てるようなこともせず、ただ自分の身体能力に飽かせて力任せの攻撃を繰り返すだけだ。
最初は受け止めるか避けるかの判断に困りながら戦ったために厳しいかとも思っていたが、やりとりが十合を超えたあたりからはディルでも十分対処ができるようになっていた。
「…………」
攻撃を避けようと大きめに回避軌道を取ったディルだったが、先ほどまで叫んでいた黒騎士が攻撃を止めて急に静かになった。
ディルがゆっくりと剣を鞘へ入れると、黒騎士も背にある鉄の鞘に剣を音を立てて入れてくれた。
どうやら意識を、取り戻したようである。
「タンクとしては優秀かもしれんが、後処理が大変だな」
「ですね。毎度組むという形ではなくて、臨時のピンチヒッター的な人員として扱うのが良策かもしれません」
「……」
イナリとウェンディに対して、黒騎士は特に文句を言うでもなく腕を組んでうんうんと頷いていた。
ディルは自分の顔の汗をタオルで拭いながら、深呼吸をして身体を落ち着ける。
たしかに毎回戦闘の度にこんなことをしていては、とてもではないがディルの身体が持たない。
ボス戦やディル・イナリ・ウェンディの三人で対処できないような階層の戦いの時に、助太刀をしてもらうくらいが一番いいのかもしれない。
結局その後も三度ほど戦闘をし、ディルが疲労困憊になったことでその日の探索は終了した。
イナリが提案した通り、黒騎士はディル達パーティーの臨時メンバーという扱いにすることにした。
普段は一人で戦っていた方が気楽だからか、黒騎士もそれを快く受け入れてくれたのはありがたかった。
こうしてディル達は黒騎士という少々乱暴な盾を手に入れて、しっかりと第十六階層を進めるようになった。
そしてじっくり五日ほど時間をかけて、ようやく第十七階層へ辿り着くことができたのだった。
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