一度だけ
黒騎士が着ているのは、その名前の通り騎士が戦場で着けるような黒い甲冑だ。
ただ黒いだけではなく、各パーツの中心辺りに赤い線が走っている。
各部へ伸びているその朱色は、血管というよりかは彫り物か何かのように見える。
そのためさほど不気味さはなく、鎧は遠目から見ただけだと綺麗な芸術品に見えないこともない。
黒騎士は常に、あの格好で迷宮や街を出歩いている。
しかも数年も同じ鎧を着け続けているはずなのに、塗装が剥げたり色落ちをしている様子はない。
恐らくはディルが持つ剣と同様、呪いの武器なのだろう。
甲冑はフルプレートアーマーで全身を覆っているため、歩くだけでガッシャンガッシャンとうるさい音を立てていた。
ギルドの中へ入ってくると周囲の喧噪が一瞬止み、彼へ視線が集中する。
だがすぐに元のうるささを取り戻し、皆が思い思いに仕事の愚痴や金の話をし始める。
中には黒騎士を指さして何やら話しているものもいた。
やはり彼は、良くも悪くも有名人なのだろう。
黒騎士は迷宮での魔物の素材を買い取るカウンターへ並ぶ。
既に先客が二人ほどおり、どうするのかと思ったがどうやらしっかりと最後尾に並ぶようだ。
だが前の二人が驚きながら前を譲った。
いや、いいですよみたいな感じで手を前に出したのだが、相手が恐縮しきりなので礼をして前へと並び直す。
全く話さないと聞いていたのでもっと無骨な武人のような人を想像していたが、どうやら感情表現は中々に豊からしい。
ディルはとりあえず話しかけてみようと席を立ち、彼の用事が終わるのを待つことにした。 依頼にあったらしい素材を幾つか持ち込み、それから魔石を何個か取り出して職員へ渡していた。
代金を受け取り、ぺこりと礼をすると黒騎士が振り返りギルドを後にしようとする。
早足でガッシャンガッシャン音を鳴らす彼の肩を叩き、振り返った鉄兜へ笑いかける。
「……ちょっと、話をしてもいいかね?」
ディルの言葉に、黒騎士は少し戸惑ったような様子を見せていた。
一度腕を組み、うんうんと唸ってから小さく頷く。
どうやら了承してくれたらしく、ディルもコクンと首を縦に振る。
ボディランゲージで会話をする彼を連れて、ディルはギルドを後にした。
適当に近くにあった喫茶店に入り、席へ座る。
とりあえず目に入ったところに入ったのだが、そこは明らかに若い客層向けの店だった。 店にいるのは若い男女がほとんどで、内装も全体的に明るめな色合いをしている。
そこに入ってきた、ジジイと黒い甲冑の謎の男。
二人は周囲の光景から、とんでもなく浮いていた。
さっさと要件を済ませて店を出るのが自分と黒騎士のためになるだろうと、頼んだ商品がやってくる前に口を開く。
「あの……話というのはじゃね、その……黒騎士さんはパーティーを組まずにソロで活動をしているとか?」
コクン、と頷かれる。
ガシャンと鉄兜と胸部の鎧が擦れ、周囲の人間が何事かとこちらを向いた。
そして話をしている二人の取り合わせに、更に何事かという顔つきをした。
ディルの心が、また少しすり切れる音がした。
「今丁度、前衛として戦える人を募集していてじゃね……」
ふるふると、今度は首を横に振られる。
組む意思はないという意味だろう。
彼はやはり、パーティーを組むことにはあまり乗り気ではないようだった。
「黒騎士さんは、ソロが合っていると?」
コクン、今度は肯定の意。
二人が会話をする度に鎧が擦れる音がするので、もう店員も客も気にせずに居てくれるようになった。
ディルからすると、ありがたい話である。
さて、いきなりだが断られてしまったわけだが、はいそうですかと諦めるわけにもいかない。
今後パーティーメンバーを増やしていくとするなら、黒騎士は確実に入れておきたい人材だ。
どこの紐付きでもない有能な人材は、そう居るものではないのだから。
どうしてソロでいるのか、その理由は彼の状態異常のせいだろう。
「なんでも狂乱状態になると、手当たり次第に敵に斬りかかるようになるとか」
ふるふると、今度は否定。
彼は少し悩んでから、腰に下げていた鞄から筆記用具を取り出して何かを書き始める。
そこにはおどろおどろしい見た目からは信じられないほど綺麗な字が書かれている。
『手当たり次第ではない。一番近くにいる存在を、敵であれ味方であれ攻撃対象に選択する。私がかかる状態異常は、そういう性質のものだ』
ほぅ、と思わず声が出た。
ディルは見た物全てに斬りかかることを狂乱状態と認識していたが、どうやら彼の場合また少し様子が違うらしい。
ただ、その些細な違いはディル達に、とりわけディルにとってはありがたいものだ。
「黒騎士さんは、パーティーを組みたいと思ったことはあるのかね?」
『ないことはないが、このままが一番だと考えている。戦っている最中に背中を預けられぬ仲間など、居ても迷惑なだけだ』
「もしわし達と組めば、パーティーメンバーが傷つくことなく一緒に迷宮攻略ができるとすれば、一度試しに組んでみるつもりはない?」
『そんなことは不可能だ。以前私以外全員魔法使いのパーティーと組もうとしたことがあった。だが結局私の狂乱が解けるまでに魔物が全滅したために、パーティーメンバーをあと少しで殺してしまうところだった。あんなのは……二度とゴメンだ』
「……でも、一度試してみるだけの価値はあると思うよ。理由は言えないけど、実はちょっと当てがあってね。わしが使ってる武器は、呪いの武器なんじゃよ」
「……」
正しくは呪いの武器ではなく、ディルのスキルがそうなのだが、自分の手の内をこんなところで言うこともないだろうとぼかして伝える。
黒騎士は、少し悩んでいる様子だった。
いきなり断らないところからみて、ある程度真剣に考えてくれていると見ていいだろう。 だがどうやら彼も彼なりに、色々と思うところがあるらしい。
以前はパーティーを組みかけていたというのは、初めて知ったことだった。
あと少しで仲間に手をかけてしまいそうになった。
その時の彼の胸中とは、果たしてどのようなものだったのか。
その事実を知ってしまうと、こうやって誘ったのが少し無神経なようにも思えてくる。
ディルは自分たちの現状と黒騎士の過去を天秤にかけ、悩んでからやっぱりやらんでいいと口を開こうとしたが……それよりもサラサラ、とペンの走る音がする方が早かった。
目の前にひらりと一枚の紙が落ちてくる。
そこには、
『一度だけ、試してみよう。万が一殺しても、恨まないでくれ』
と書かれている。
ディルはそれを見て頷き、大丈夫じゃよと言って彼と握手を交わす。
こうしてディル達は、二人目の仲間候補を見つけることに成功したのだった。
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