グリーンスライム
第十一階層、迷宮の中層からは避けられない戦闘というものが出てくる。
イナリが少しだけ気難しそうな顔をしたのは、十一階層を歩いてしばらくしてからのことだった。
「グリーンスライムが二体、避けられないな」
「なら戦いですね、任せてください」
ウェンディが意気揚々と持っている杖を掲げた。
どうやら彼女のやる気は十分なようだ。
ディルは避けられないという言葉を聞いて、腰に据えている剣に手をかけた。
進んでいるペース自体はそれほど速くないので、疲れらしきものはない。
連携をたしかめるという上でも、この戦闘は大切なものになってくるだろう。
「手はず通り私は遊撃、ジジイが前衛、ウェンディが後衛だ。あんなの食らったら、ひとたまりもないからな」
イナリの言葉に頷いて、ディルは彼女の後ろをついていく。
基本的に斥候の役目はイナリのため、いつも先頭に立っているのは彼女だ。
だがこれからは以前同様、イナリが最前列で戦うということは避ける必要がある。
彼女が短剣で近接戦闘をすれば、ウェンディが放つ魔法の余波を受ける可能性が高い。
イナリの危機察知能力はかなり高いが、ウェンディの魔法を完全に避け続けられるかと言われれば疑問が残る。
彼女が怪我を負うことはそのままディル達の迷宮探索能力に直結するため、中層からの戦いでは戦闘の際にいかにディルとイナリが自然に居場所をスイッチできるかが重要になってくるだろう。
ディルはそのタイミングを見計らうため、慎重な足取りでイナリの後を追っていった。
初めて遭遇するその魔物の見た目は、ひどく見慣れたものに見える。
透明な肉体に、全身をこすりつけるように地面を這う姿。
目や耳などはなく、全体がゼリー状の肉体。
グリーンスライムの見た目は、スライムに非常に酷似している。
ただ目を凝らしてよく見ると、体色が若干緑がかっている……ような気がする。
大きさは変わらないが、心してかかる必要はあるだろう。
イナリがサッと後退し、それに合わせてディルが前に出る。
ディルは見切りを発動させながら、二体いるグリーンスライムの方へと駆ける。
スッと体が自然に右に傾き、先ほどまで顔があったところを何かが通り抜ける。
その攻撃の余波がディルが着ている布の服を薄く裂いた。
(これが風の刃……たしかに威力は高くないが、まともに食らえばそこそこ深い傷になりそうじゃ)
風の刃を放ってきたスライムの核を突き刺すと、すぐに息の根が止まった。
もう一体の方へ向き直ろうとしたディルは、異変を察知してその正体に感づいた。
彼は見切りを発動し、動きを最適化させた体を右へ動かしのけぞる。
「炎の矢!」
ディルの視界の先に居たスライム目掛けて、白い炎が一直線に飛んでいく。
そして狙いを過たず、その体の中心部へと吸い込まれるように向かっていった。
先ほどまでディルの上半身があったところに、ウェンディの魔法の反動の強風が飛んでいく。
ディルは更に体を捻り、倒れそうになる体を右足で支えた。
そして反動の第二波を利用して、前へ跳ねるように飛んでいく。
捻った体を元へ戻し、その反動でスライムの核目掛けて攻撃を振るおうとし……その動きを止める。
ウェンディの魔法を食らったグリーンスライムは、既に絶命していた。
核は完全に壊れてはいなかったが、体の多くを失ったことで既に生命活動を停止していたのだ。
ディルはとりあえず勢いを殺すために核へ剣を突き刺し、ワンクッション置いてから足取り軽やかに両足で着地する。
それから自分が倒した方の核だけ回収して、イナリ達のいる方へと戻っていく。
ちらっと見ただけで、ウェンディの攻撃を食らったスライムが素材が取れないほど焼け焦げているのがわかったため、もう一匹に関しては触れてすらいない。
もしかしたら、ウェンディがソロをやっていたのには素材がまともに回収できないという理由もあったのかもしれん。
そんな恐らく合っているであろう予想は口には出さず、ディルは自分の方をジッと見つめているウェンディの方へと持っている核を見せた。
「そんなに気にせんでも、報酬はきっちり支払うつもりじゃよ」
「あ、いえ、そっちは全然気にしてませんので平気です」
ディルの言葉に若干焦ってはいたが、とりあえず悪感情を抱いているわけではなさそうだった。
「小休止を挟んでから出発するぞ、水分補給を忘れるなよ」
今回戦闘に参加する暇がなかったイナリが、若干不機嫌そうにそう言い残して周囲の警戒を始めた。
ディルはさほど疲れを感じていない体を休ませながら、水筒に手をかけて口を湿らせる。
どうやら戦闘に関しては、中層でもさほど苦戦はしなさそうだ。
問題は、どれくらいの頻度で戦闘があるか……じゃな。
ウェンディが加入し更に火力に拍車がかかったディル達は、第十一層のグリーンスライム達を蹂躙しながら探索を進めていった。
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