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わしジジイ、齢六十を超えてから自らの天賦の才に気付く  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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運命

 第五階層でもう二回ほど魔法を見せてもらったところで、ディル達はとりあえず探索を終えることにした。

 帰り際、イナリとウェンディが何かを話していたが、二人の会話の音量がかなり小さかったためにほとんど聞き取ることはできなかった。


 迷宮の外へ出て、いい匂いのする出店が立ち並んでいるエリアへと来ると、ディルは自分達へ幾つかの視線が向けられていることに気付く。


 ウェンディ、そしてディルとイナリ。

 この三人は迷宮の上層を主な狩り場としている人間達の中では有名だ。

 ひそひそと会話を交わされるのはあまり面白くはない。


 もしかしたらわしの悪い噂が、また一つ増えるかもしれん。


 そんな予想に戦々恐々としていると、気付けばイナリがすぐ近くにまでやってきていた。


「探索を再開するのは明後日からだ、適当に体を休めておけ。私はあいつとすることがある」


とだけ言い残し、ウェンディを引き連れてどこかへと行ってしまった。


 あとに残されたのは、周囲の視線を引き受けるジジイのみ。


「……」


 ぽつんと一人取り残されているディルを見て、何故か周囲の声が一瞬だけ止んだ。

 沈黙に耐えきれなくなったからか、その直後に小さな笑い声が聞こえ、すぐに喧噪が拡がっていく。


「……帰ろう」


 ディルに他人に見られる趣味はない。

 テクテクと少しだけ重くなった足を動かしながら、おじいちゃんは雑踏に紛れることにした。




 場所は変わってサガン迷宮から少し離れたところにある喫茶店『ダイクリー』。

 冒険者達ではなく、各種店舗の店員達を対象にしている落ち着いた雰囲気のこの店に、イナリとウェンディはやって来ていた。


 室内の灯りは暗めで、店内に人影は少ない。

 冒険者らしき人達の姿はイナリ達以外になく、店主は我関せずとばかりに音を鳴らしながらグラスを拭いていた。


「ズズ……あれ、思ってたよりぬるい」


 やってきた紅茶を啜ったウェンディの手がピクンと動く。

 彼女は紅茶が火傷しない程度の高温であることを理解して、そのままグイッと一息に飲み干した。


 一気に飲み物を平らげたウェンディとは対照的に、イナリは未だやってきた飲み物へ手をつけずにいる。


「飲まないなら、私が飲みましょうか?」


「お前はバカなのか? 頼んだんだから飲むに決まってるだろう」


「そうですか」


 ウェンディはイナリの紅茶から目を逸らすと、そのままメニュー表へ目をやり、焼き菓子を一つ注文した。

 そしてやってきた菓子をそのまま一口で頬張ると、大して噛みもせずにごっくんと飲み込んだ。

 イナリはその様子を見て、こいつは蛇か何かなのかと眉間に皺を寄せる。


「イナリさんって、凄いんですね」


「私は凄いぞ、だがお前も中々に見所がある」


 ウェンディはイナリがオーガの場所を的確に察知し、毒で一方的に戦闘を終わらせたことに感嘆していた。

 イナリの感知能力は、中層に何度も潜ったことのあるウェンディからしても異常の一言につきた。

 敵の発見、罠の発見、そのどちらもが精度が尋常のものではない。

 恐らくは魔法かスキルを使っているのだろうが、あれだけの高精度な探知能力を持っているのなら、迷宮の下層を主な狩り場にする一流パーティーでもやっていけるはずだ。


 ウェンディはイナリという少女と探索を共にし、何度か会話を重ねたことでとある疑問を抱いていた。


 なぜこれだけ凄まじい人材が、ディルというただ戦えるだけの老人の奴隷になっているのだろう。

 それが偽らざる、ウェンディの本心であった。


 ディルの戦闘能力は中々に高い。

 恐らくは中層を踏破できるくらいの実力はあるだろう。


 だがそれでも、彼の力はイナリとは釣り合っていない。

 イナリの持つ力は、五つある一流パーティーのどの斥候にも遅れを取らないほどのものだからだ。


 ウェンディの見立てでは、イナリはかなり自尊心の強い女性だ。

 長い付き合いではないが、ウェンディにはイナリが奴隷に甘んじていることを良しとするタイプには見えなかった。


 それだけの何かが、あのディルさんにあるんでしょうか。

 私からすると彼は得難いパーティーメンバー候補ですけど、イナリさんにはもっと優秀な人達と組める素質があるのに。

 ……もしかしたら何か、特殊な事情があるのかもしれません。


 ウェンディは自分の内心をおくびにも出さず、おかわりの紅茶を飲み干す。

 そしてイナリに対しパーティーを組むことへの諾意を示し、目的は達成された。



 ウェンディがイナリと一緒にここにやってきたのは、正式にパーティーを組みたいとお願いをするためだった。

 彼女には既に、ディル達とパーティーを組もうと心に決めた理由があるのだ。


「とりあえずウチに入ってもやっていくことはできそうだろ?」


「あ、はいそれは。近接職のディルさんの察しが良すぎるので、私も気兼ねなく魔法が打てましたし、結構感触は良かったですよ」


 結構、というのも控えめな表現だった。

 ウェンディの感触は、今まで組んできたどのパーティーよりも良かったのだ。


 彼女がディル達と組むことを決めた理由は一つだった。

 それは第五階層での三人でのお試し戦闘が、彼女が冒険者になって以来最もしっくりくる連携を行えたから。


 ウェンディの魔法は、とにかく威力が高い。

 おまけに普通の魔法使いとは違い、彼女の場合魔法そのものに一定の反動がついてしまう。

 例えば彼女が炎の矢を打てば、矢の後方を強烈な風が吹き抜けていく。

 そして炎の矢も着弾と同時に爆発し衝撃を周囲に散らすため、前衛職との噛み合わせが異常なほどに悪いのだ。

 前衛は後ろから飛んでくる魔法の余波が自分に飛んでくることを恐れ、のびのびと戦えなくなる。

 おまけにウェンディも、魔法の威力を抑えなくてはならない。

 ドデカい魔法の一撃を加えるために時間を稼いでも、その魔法の余波で前衛が焼かれては意味がないからだ。


 しかしディルは、今まで組んできた凡百の前衛達とは違った。

 彼の察しの良さというか、魔法の余波や反動がどのあたりまでやってくるかを見切る能力は天才的だったのだ。

 ディルはウェンディの魔法をしっかりと避け、その上魔法の軌道や放射状からもしっかりと逸れ、余波を攻撃力の加算にまで使ってみせた。


 その動きはある種芸術的ですらあり、ウェンディが今まで抱えていた威力の高さというコンプレックスを吹っ飛ばしてしまうほどのインパクトがあったのだ。


 もしかしたら彼なら、私が全力で戦闘をしてもついてきてくれるかもしれない。

 私は全力を出して、パーティーメンバーと戦闘ができるのかもしれない。


 ウェンディはディルの戦いっぷりを見て、そう期待したのだ。

 それは今までに感じたことのないような、ときめきだった。

 もし彼があと三十才ほど若ければ、恋心を抱いていたかもしれないと思ってしまうほど、鮮烈なものだった。

次回の更新は1/9です

今年もよろしくお願いします

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >魔法が打てましたし 魔法が撃てましたし >炎の矢を打てば 炎の矢を撃てば
[一言] うぽつです
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