冬
彼女は、さいしょでさいごの大切な人でした。
「冬が好き。命の気配がないから」
彼女は僕の自転車の後ろに乗りながら言った。しがみつく手がほんのり温かい。その日は肌寒く感じ始める十月の頭だった。
「なんで?」
「寒いとみんなあんまり外出ないでしょ?人の気配がなくなる、静かな感じが心地いい。同じ理由で雨も好き」
僕には理解ができなかった。夏も冬も晴れも雨も変わらず人の気配はあると思うんだけどなぁと呟いたが、彼女はそれ以上何も言わずに僕の腰に小さい手を絡み付けていた。
僕には変わった性癖があった。真っ暗な部屋の中で彼女に首を絞められることが好きだった。だんだんと意識が遠くなり、耳鳴りが強くなる。いつもあと少しで意識が飛ぶというところで、彼女は手を離す。そしていつも決まって言う。
「死なないでね」
その姿が可愛くて、僕は死なないよ、なんて言ってしまう。死にたいのに。
「ねえ。首、絞めて」
その日は雪が深々と降っていた。真っ白な雪の絨毯の上で僕は言った。彼女はいつものように、ゆっくりと首に手をかける。柔らかく、小さい手が小刻みに震える。今日はどうしたのだろう。その瞬間、彼女の手からは想像できないほどの力が、僕の首に押し付けられた。
「うぐっっ」
ああ、気持ちいい。柔らかい手の熱が首を伝って、全身をはしる。僕は意識を失った。
彼女はそっと手を離し、僕にキスをした。そして蚊の鳴くような声で言った。
「いただきます」
僕の唇を噛みちぎり、恍惚とした表情でむしゃむしゃと味わった。よほど美味しかったのか、興奮したのか、彼女は勢いよく太ももに噛みついた。夢中で食べる彼女の口の周りには血に塗れ、真っ白だったはずの雪の絨毯は真っ赤に染まっていた。
ああ、僕の肉が彼女の体内に取り込まれていく。僕はもうじき死ぬだろうが、僕の肉が彼女の血となり肉となり、体内で生き続けられるなら、こんな幸せなことはないと思う。静かな空の下、ぐちゃぐちゃという不快で、でもなぜだか安心する音だけが響く。心地いい。まるで夢のようだった。早くも僕の三分の一ほどを平らげた彼女は、なぜか泣いていた。どうしたの?なんで泣くの?そんな声を届くはずもなく、彼女はその場で泣き崩れた。ああ。僕は夢を見ていた。君の泣き声を聞いて思い出した。僕は交通事故で死んだんだ。君を後ろに乗せて。ぐちゃぐちゃになったんだった。