最強妹
高校からの帰り道。駅近くのスーパーで夕飯のおかずを買って、夕方のオレンジ色の空の下、プランプランと家に向かって歩く。
大きな川を渡る橋、それを渡って少し歩けば家に着く。
その橋の下、土手の草の上に妹がいた。
あいつあんなとこで何やってんだ?
見るともうひとり、妹と同じ中学校の制服を着た女の子が側にいる。
夕日の中、土手に並んで座り静かに流れる川を見つめる中学生の女の子がふたり。
なんか絵になる光景だな、と遠くから見ていると。
俺の妹がその女の子の肩に手を回して、もう片方の手でその子のあごを指でクイッと上げて、顔を近づけてキスをした。
あいつほんとになにやってやがんだ?
俺がここで妹に声をかけるのも不粋だろう。見なかったことにして、さっさと家に帰って夕飯を作ろう。
ビニール袋を持ち直して家に帰る。
今日はカレーにしよう。
世の中、妹を題材にしたライトノベルがひとつのジャンルとして成り立つくらいにある。少子化が進んでひとりっ子が増えて、もし自分に兄弟姉妹がいたらどうだろうか? という夢と希望と妄想に応えるために、需要があるのだろう。
実際に兄弟姉妹がいれば成績やら運動やらいろいろ比べられて、それが劣等感やら自尊心やらチクチクと刺激されたりもする。それで張り合ったりけんかもしたりすることだろう。
ただそれもある一定のところまで。
度を越えて優秀だと張り合うことすらバカバカしい。学業成績運動となにひとつ妹に勝てない俺は、この家族のカースト制度の中では最下位。2歳年下の妹に勝るものは何も無い。
今もカレーを作っているが、これはわが家のカースト制度で俺が最下位だからやっていること。料理でも妹が作ったものの方が美味しい。
こうなると妹もののラノベなんかも、違う世界のようには楽しめる。本当の妹はそんなに甘く無いよ、と突っ込みながら。
妹のやらかしたことを箇条書きにすると、たいていの人はそんな人間が現実にいるわけが無い、と信じてはくれない。
成績優秀で運動も得意で人望がある。曖昧にぼかして伝えるとこんなところ。
運動が得意で、得意すぎて中学3年生で女子剣道部主将で剣道2段。なぜか成り行きでヤクザの組長の命を助けてからは、その組長から孫のように可愛がられて、町では強面のおじさんが道を歩く妹を見ると姿勢を正して頭を下げる。
あいつが中学2年の夏休みのときは、
「旅行に行ってくる。友達に会ってくる」
と言い残しバックパックひとつでアメリカに。
銃をもった男にカツアゲされそうになっても蹴り飛ばしてやり返す。あとになって「鉄砲は怖いねー」とか笑って言うような女。
ヒッチハイクしながらアメリカをあっちこっちに行き、小さなレストランでは地元の人達と仲良くなり、
「ジャパニーズ、カラーテ!」
とか言いながら拳で板割りとかしたり、ビール瓶の栓抜きがわりに手刀で瓶を切ったりして、それで店が盛り上がったとか。
「俺の奢りだ好きなだけ食ってくれ!」
と店のマスターが言ってタダ飯を食い。
「ホテルがどこかって? うちに泊まっていきなよ。日本の話を聞かせてくれ」
で、宿泊費もタダ。
「どこまで行くんだ? 乗っていくか?」
長距離トラックの運転手に気に入られて、トラックの中でカントリーソングなど歌いながら移動。
「海外旅行って飛行機とお土産以外はお金はかからないね」
とか言ってのける。お前だけだ。しかもお土産だってカジノで大勝ちした金で買ったんじゃないか。年齢ごまかして未成年でカジノって。
「日本人は他の人種より童顔で若く見えるんだって説明したら入れたよ」
その勝ったあぶく銭で帰りの飛行機、1番いいバカ高い席を使ったりして。
おじさんはお酒が好きだけど、いきなりドンペリを1ケース送られて驚いていたんだぞ。それも知り合いになった船員に頼むと運ぶのが安かったって、それ、脱税じゃ無いのか?
「船は飛行機よりそのあたりの監視は甘いんだよ。常識でしょ?」
住む世界のランクが違うと常識も違うということは、俺は妹から学んだ。
夕飯、ふたりでカレーを食べる。妹が、
「兄貴さぁ、今日、橋のとこで見てたでしょ」
「気づかれてたのか。別に邪魔をする気は無かったから」
「挨拶くらいすればいいのに」
妹のキスシーンに割り込んで妹のデート相手とどんな挨拶をすればいいのか、俺は知らない。
「まぁ、それはいいけど、ちょっと兄貴に頼みたいことあって」
「俺に頼みごとなんて珍しいな」
「今度の土曜日に剣道部の後輩がうちに泊まりに来るから、父さんと母さんがいない間にふたりの部屋を使わせてもらおうかなって」
「あの部屋に寝泊まりさせるってことか。分かった掃除しとく。あと布団を干しておけばいいか」
土曜日の午前中が晴れるといいか。
「兄貴は高校で彼女とかいないの?」
「彼女? それはどこの世界の生き物のことを言うんだ? 俺は見たことも会ったことも無い」
「ということは未だに黒い本棚の下から二段目の後ろにあるのが兄貴の彼女か」
「俺の本棚をあさるなよ。しかもそこは家族には見られたく無いところだ」
「だったら見つからないように隠しておけば?」
隠すのが下手くそだった俺が悪いのか? 兄貴の部屋に勝手に入って、エロいもの無いかと探す妹は悪くないのか?
「兄貴がド変態じゃ無くて安心した。いつもなんだか鬱屈した顔でいるから、溜め込んで引きこもりになるとかストーカーになったら困るけど、あのくらいの性癖ならいいかな」
妹におかしな心配されて、隠した性癖が知られて把握されてそれで納得された。俺はどこに引きこもればいい? この家に俺のプライバシーは無いのか? あるわけなかったか。
「私もいいと思うよ。あの『仔猫にしてやろうか?』のミュウルは可愛いと思うし、『子作りドラゴン』はエロゲーだけどあのゲームシステムは秀逸だね。ゲームだと頭を使って攻略して姫を拐うってプロセスがあるから興奮も倍増」
「すまん。俺はエロゲーのどこにどんな風にエロスを感じるかとか、カレー食べながら家族と話したく無い」
思春期はデリケートなんだ、分かれ。お前が原因で俺が引きこもりになったらどうする? いや、この家に引きこもっても無駄か。家出するか。
妹がおかわりと出した皿をとって、ご飯を盛ってカレーをかける。
妹がおかわりを受けとりながら、
「まぁ、実際に彼女ができるとめんどうが増えるけどね」
「彼女がいる人物から聞くと実感がこもって聞こえる。俺は女同士とか別にいいと思うけど、そのつきあってる彼女となんかあったのか?」
「なんかあったからつきあってるんだけどね。剣道部の後輩に告白されてね」
「剣道部って女子剣道部だよな」
「そう。後輩の女の子に告白されて、私はつきあうつもりとか無かったから最初は断ったんだよ。そしたらその子、剣道部を退部するって言い出して」
「主将に告白して断られたらそうなるか。その子もレズビアンだとカミングアウトしたようなもんだし。振られても部活で毎日顔を会わせなきゃならないとなると、退部したくもなるだろ」
「女子剣道部は私を入れて今7人。新入部員も少なくて3年が引退したら人数減って団体戦に出られなくなるじゃ無い。その子は剣道できるし、それが私と顔会わせたく無いって理由で剣道辞めちゃうのももったいないし。それで剣道部存続のためにもその子とつきあうことにしたの」
「それがあの夕焼け河川敷デートの相手か」
「ん? あの子は違うけど。剣道部の後輩だけど」
「どういうこと? お前、二股かけてんの?」
「私がその子とつきあいはじめたら、剣道部女子全員が怒りだして。ひとりだけ特別扱いなんてズルイ、ヒドイって泣き出す子もいて」
「モテる女は苦労するなぁ」
「ほんとにね。私も薄々とは感じてたけど、女子剣道部6人全員が私のこと好きだったんだね。このままだと剣道部がまとまらないし練習にも差し支えが出るから」
「それを相談されても、俺には解決する方法は解らないぞ」
「それはもう解決してる。めんどくさくなって食っちゃった」
「食っちゃったって、お前まさか」
「私が6人全員とつきあって、みんなを分け隔て無く平等に愛してあげればいいから。それで解決。ただ6人とつきあうとなるとそれだけで結構時間がとられるのよね」
こういう奴だった、こいつって。なんだその剣道部ハーレム。二股どころか六股だった。あとふたり増えたらヤマタノオロチとか呼んでやる。
しかしすごいな中学生、ずいぶんと進んでるなぁ。
あの中学校の女子剣道部は白い道着に白い袴。そんな姿で中学生女子が部活動で道場で小手、面、胴ー、お姉さまうふふーとか? ラノベもマンガもゲームももっとがんばれよ。うちの妹に負けてんじゃねえか。
「時間を短縮できないかなって、この前3人とやってみたんだけど」
「やってみたって、何を?」
「察してよ。剣道部の後輩3人とベッドの上で裸になって」
「分かった。もう分かったから細かい説明はいらない。つまり4Pしたんだな」
「やってみたら意外に体力に余裕があったから、もう少し人数増やしてもいけそう」
体力も精力も底なしかよ。なんでなにもかもスペックが高いんだお前は。超人か。スーパーな宇宙人か。本当に俺と血が繋がってんのか?
「女の子もいいもんだね。抱くと柔らかくて気持ちいいし。男はいざそのときとなると、ただ突っ込もうとするだけで情緒が無い。兄貴も彼女ができてするときには、そこを気遣えるようにならないとダメだよ」
彼女もいなくてやったことも無いことでダメ出しされた。お前を見てたら俺は一生彼女もいなくて結婚できなくてもいいと思う。俺には女って生き物を相手にするだけの体力も精神力も気力も根気も根性も無いっての。
「それでその剣道部6人が土曜日にうちに来るから」
「分かった分かった。全員分の晩飯を用意しとく。人数多いからカレーをまとめて作っときゃいいか。親の部屋のダブルベッドも綺麗にしとけばいいんだな。シーツも新しいのを用意しとく」
テレビで週刊天気予報が流れる。週末は晴れ。布団を干して両親の部屋を掃除して風呂とトイレも掃除して、カレー作ってサラダも大量に作って冷蔵庫に入れときゃいいか。
「よろしくね。兄貴の料理はカレーだけは美味しいから」
他はイマイチでございますからねぇ。部活も生徒会もしてないから、妹と違って暇ですからねぇ。
「あと、兄貴」
「なんだ?」
「壁に耳をつけて聞くぐらいなら許すけど、覗いたり録音したり盗撮したりはしないでね」
「しねーよ」
するか、そんな事。なんかぐったり疲れた。妹に欲情とか、ラノベとかエロマンガみたいなことあるわけ無いだろ。妹の恥態なんぞ見たくも無い。
土曜日、干した布団を掃除した両親の部屋に入れる。ダブルベッドに新しいシーツを敷いて。
この部屋で今晩、妹ハーレムの女子中学生総数7人が、イチャイチャチュッチュしてハッスルハッスル。お姉さまうふふー、か。
うわー、引くわー。
台所で野菜を切ってラップをかけて冷蔵庫に。唯一俺が美味しく作れるというカレーを大量に作る。早めに作っておくとしよう。あの妹のモテっぷりを甘く見てはいけない。
妹も家の中を片付けて、昨日買ったお菓子とかテーブルに出してたりする。
午後の1時にピンポーンとチャイムが鳴る。夕方に来ると言って夕方に来るわけが無い。妹と一緒にいる時間を長くしたいなら早く来るだろうよ。
午前中から押し掛けて来ないだけマシなんだろう。
玄関に迎えに出た妹が、剣道部一同を連れて我が家に。
「こんにちわー」
「おじゃましまーす」
「あがってあがってー」
可愛らしい女の子の集団が現れた。
「これが私の兄貴」
「「「初めましてー」」」
「はい、こんにちわ」
なんかもう、リビングに甘ったるい匂いがしてるんだが。そしてこの女の子6人は全員、妹の毒牙にかかって落ちたのかと思うと、なんだか申し訳無い気分になる。その中のひとりは先日川の近くで妹とキスしてた女の子。
「ちょっと台所片付けてくる」
なんだか身の置き場が無い。そそくさと逃げるように台所に。米を炊飯器に入れてタイマーをセット。米が足りなきゃパックのをあっためてくれ。
洗いものを片付けてるとリビングからきゃいのきゃいのとはしゃぐ声。女7人集まればかしましい。
これからみんなでおしゃべりしながらDVD でも見て、みんなでご飯食べて、みんなでお風呂に入って、みんなでエロいことするわけね。
いられるかー、こんな所。
妹に一声かけてバッグ担いで、
「じゃ、俺は出掛けるから」
「兄貴、どこに行くの?」
顔を近づけて小声で、
「俺は邪魔する気は無いから。今晩は友達のとこに泊まってくる。戸締まりは任せた。カレーだけは大量に作ったから、米が足りなくなったらパンでも出してろ」
「別にそんな気を使わなくてもいいのに。私の兄貴と話してみたい子もいるんだけど」
「俺の精神がもたんわ。明日の昼過ぎには戻る。そのときに掃除と片付けはするけど、はしゃぎ過ぎて散らかすなよ」
「そっか。それなら兄貴の机の引き出しの二重底の下から出てきたDVD をみんなで見ようかな」
「勘弁して下さい。許して下さい。なんでもします」
なんとか脱出。俺が隠してたDVDを俺の知らないところで女子中学生に見られるのか。これは何かの特訓か? それともプレイの一環なのか? はー。
図書館で時間を潰して、閉館したら外に出る。川沿いに沿って歩けば海岸に到着。
昔は夏場は海水浴場だった海岸。波に砂を持っていかれて海岸線が迫って来てる。その対策のために山から土砂を運んで埋め立てたら、海水浴場として使えなくなった。
山から運んだ土砂の中に蝮がいて、海水浴場のキャンプ場で蝮が増えてしまった。増えた蝮のおかげで、海水浴場として使えなくなり、観光客が減った
今ではこの海岸は町の人達のごみ捨て場になってたりする。砂浜には洗剤の入れ物やら一斗缶やらタイヤがゴロゴロしている。
近くの工場からは何年も廃液が海に垂れ流しだ。
捨てられたタイヤの無いバンに乗り込む。俺には泊めてくれるような友達はいないから、今日はここで一晩過ごすことにしよう。この廃車は俺の別荘みたいなもの。バッグの中から畳んだ毛布を出して、作っておいたサンドイッチを出して食べる。
今ごろ妹は何をしているのか。ナニをいたしているのか。6人まとめて相手にギャングバング、かもんべいびー、おーいえーなのか。
女はわからん。あの妹ハーレムの女の子達もみんな仲良さそうで、納得してあの関係でいるみたいだし。
懐中電灯を車内に固定して、バッグの中から取り出した文庫本の続きを読む。
やっぱりラノベの方が現実よりも筋が通っていて、リアルだなー。
まぁ、この世界なんてものはあの妹の遊び場でしかないしろもので、俺はあの妹のお手伝いしてればいいんだし、楽なものといえば楽なもの。
あいつが機嫌良く過ごしていれば、世界は平和なんだから。
ただこれから先、あの妹が更に強くなって更に知恵をつけたとき、あいつを不機嫌にさせるようなものが世の中に出てきたらと考えると怖い。
日本のような小さな島国なら水没させるかもしれないし。