第七夜*家族が大切すぎて……*
サンタ教習所。
約百組のグループがそれぞれの活動場所に別れてから数時間後、ドーム内に残った約二十五組の集団はプレゼント箱詰め作業を行っている。予め準備された白い厚紙を箱に組み立て、中身にはもちろん玩具やぬいぐるみを挿入する。また箱を赤いリボンで結んだ後には、クリスマスの飾り付けでよく見かける柊と、小綺麗な宛先シールを添えれば完成だ。
作業が始まってからしばらく経った雰囲気は、黙々と進めていた最初とは異なり、集中力が途切れたように罪人たちの話し声が飛び交ってくる。しかしそんな中、園越岳斗を含める二十四班は変わらず静寂で、あえて話し手を挙げるならば、途中途中にエールを加えるイブだけだった。
「ガンバってぇ! 張り切ってぇ! ガ~ンバ~り切ってぇ~!!」
『まぁでも、作業は無事に進んでるんだから、そこまで気にしなくてもいいだろう……』
嫌な静けさに見舞われがちの岳斗たちだが、今回の活動は役割分担し、円滑なライン作業で手を動かしていた。まず、箱の組み立てを流道留文が、その隣でプレゼントを不器用ながら入れる路端土芽依と足下を揃えている。芽依のおぼつかない手の動きが否めないが、珍しく静かな留文が手伝うようにカバーしている。
また続く隣で、リボンを結び繕うのは沫天望で、最後尾の岳斗が柊と宛先担当だ。こちらは留文と芽依のような共同作業景色が見当たらず、精密機械の如く働くばかりだ。
ちなみにもう一人――輿野夜聖は、横並びの四人と対面しながら作業し、たった一人で箱詰め作業を進めている。相変わらず、岳斗たちとの協力的な姿勢が皆目見当たらない、歪な存在と化していた。
『これを一人だけでやるとか、反ってたいへんだと思うんだけどなぁ……』
――「おい? 手ぇ停まってんぞ? もう次の箱、できてんだけど」
「ああごめんなさい、沫天さん……」
孤独な聖に目が留まっていた岳斗だが、望からの罵りで再び柊を飾る。しかし、毎度渡されるプレゼント箱には思う点があり、思わず送り主へ感想を投げる。
「……それにしても沫天さんって、リボン結ぶのうまいっすね。型崩れもなく、対照的だし」
突発的に漏らした岳斗だが、思い返せば、望とは挨拶を済ませた程度。しっかりとした自己紹介もしていなければ、会話らしい会話も今回が初めてだった。派手で恐々しい彼女でもあるため無視される予想もしたが、意外にもリボンを箱に巻きながら口を開ける。
「まぁ、ここに来る前は、派遣でこういう仕事やってたからさ……」
「そ、そうなんすか……え? じゃあ、工場務めだったってこと? 接客業とか、美容関係とかじゃなくて?」
「んなの、できるわけねぇだろ……バカ」
不思議に感じた岳斗は疑問の音を、身体ごと向けることで強調したが、望から呆れたため息を返されてしまう。金髪ながら端整できらびやかな彼女はてっきり、世間に身を公にする、美しいフロアレディやモデルにキャバ嬢など、または美容関係に務めているとばかり思っていた。
しかし実際は日の光浴びれない工場内労働だったらしく、イメージがよりガテン系に寄る。確かに口は荒いが、華奢な望を観察する限り、決して力に自信無さそうな乙女に見えてしまう。
「……おい、また停まってんぞ? 何べんも言わせんな」
「あ、ごめんなさい……」
再び小さな怒り声を浴びせられた岳斗は焦りながら、望から受け渡ったプレゼント箱に宛先シールを貼る。ここまでの宛先住所は全て笹浦市で統一されていたため、恐らくプレゼント配りは市内限定なのだろう。全国各地、または海外に出向くことも無さそうで安心だ。
――「フフフ。二十四班の皆様、お疲れさまですね。進みが滑らかで、とても嬉しいですよ」
「あ、確か……」
「キューピットだよね!! アタシはイブ!! イブって呼んでね!!」
「他にどう呼べと……?」
ふと岳斗たち二十四班のもとには、今回の現場監督者である一人――キューピットがグラサンを外した笑顔で現れた。幼いイブの高音にも劣らぬ声色で、白髪ポニーテールを着飾っている。かわいらしい円らな瞳からは人格の善さを暗示しているが、残念ながら期待を裏切った男である。
「フフフ。このペースなら、クリスマスイブまでには十分間に合いそうですね」
「イエ~イ!! これで内申点、赤丸急上昇!!」
「フフフ。イブさんは私の友であるコメットと似て、元気でかわいらしいのですね」
「おっ! 隠れロリコン発見!! ウケる~」
もはやロリコンという言葉が口癖と化しているイブには、岳斗は見てもいられず、得意になった白のため息を溢した。ちなみにキューピットが告げたコメットとは、彼と共に現場監督を務める、幼稚園児思わせる青髪少年だ。現在はプレゼント補充のため、ビューン!! と叫びながら四方八方と飛び回っている。しかしそのスピードは瞬きすら禁じられる不可視的なもので、彗星の如く瞬間移動を繰り返しているよう感じてならない。
「ビューン!! はい次にビューン!!」
「フフフ。コメットも楽しそうですね。まるで、今の貴方がたのように」
「「はぁ?」」
視線を感じた岳斗はキューピットに不思議声を鳴らしたが、同時に隣の望も鋭い目を向けていた。こんな作業のどこが楽しいのかと意見が一致したからなのだろうが、次の一言がとんでもない矢として突き刺さる。
「――貴方がた御二人の共同作業には、これから始まる恋の予感を覚えます」
「「…………は、ハア゛アアァァァァ~~~~~~~~ア゛!?」」
それは岳斗と望にとって、初めての混声合唱だった。心まで揃えた二人の驚き顔はキューピットに猛接近し、恋の発起人の笑顔を影で染める。
「ふ、ふざけんなバカ!! ウチはそんなこと思ってねぇっつうの!! 誰がこんなヘタレ男と……」
「へ、ヘタレ……お、俺だって同じだ!! こんなド派手ヤンキーな女と付き合うとか、まっぴらゴメンだ!」
「ア゛ァ!? テメェ何様のつもりだゴルアァア゛!!」
ついカッとなって刃向かった岳斗には無論、望の更なる鬼の形相が襲う。細い腕で胸ぐらを握られてしまうが、“ヘタレ”と蔑まれた男の怒りは鎮まらない。
「アンタから先に暴言吐いたんだろ!? あんなこと言われて黙る男が、いると思ってんのか!」
「こっちは男になんて興味ねぇんだよ!! ゲイの人間にバカにされる、女の気持ちも考えろよグズ!!」
「ハァ!? 俺はゲイじゃねぇっつうの!! ブリッツェンとの件は忘れてくれ!! あれは無実だから!!」
「どうでもエエわ~~!!」
「エエわけねぇわ~~!!」
まるで子どもの言い争いを繰り広げる二人だが、ここまで発展させたのが、今も上品に笑っているキューピットであることを忘れてはいけない。再び岳斗と望の血眼が彼に向かうが、相変わらずの穏やかさで微笑む。
「フフフ。だって私が見る限り、二十四班にはすでにカップルが一組あるよう窺えます。残った三人の中ではもちろんあと一組。ですが、孤高の眼鏡さんは恋に御興味が無さそうなので、自ずと御二人が結ばれるでしょう。きれいに整った、赤いリボンのように」
「「そんな比喩いらんわ!!」」
「フフフ。貴方がた御二人は、本当に息がピッタリですね。それはそれは、気が合い心が向き合う訳です」
「「向き合ってるように見えるか!?」」
「フフフ」
岳斗からてみれば、キューピットの発言は言語道断だった。これでも一児の父親であるため、このままでは最近流行りの不倫疑惑を立てられてしまう。もちろん望には恋心など抱いていないだけに、早急たる前言撤回を求めたい。
『だってこんなの、例えばイブに知られてみろ。またバカにされるのがオチ……ってあれ? そういえばイブは……?』
いつしか声が聞こえなくなっていたイブを、岳斗は彼女の父親のように辺りを見回す。すっかり世話役の癖が身についている証拠でもあるが、幼女を発見した瞬間に肩がドッと落ちる。
「容疑者コメット!! 大人しく投降しなさ~~い!!」
「ビューン!! 警察のイブお姉さん!! コメットはこっちだよ~だ。ビューン!!」
「待てぇぇ~~!!」
イブとコメットは多くの罪人たちの前で、寄りにも寄って“ケイドロごっこ”をしていた。
***
サンタ教習所の食堂。
とりあえず午前の部が終わった現在は、全ての罪人たちが広大な食堂に訪れている。全席にはすでに盆が配膳されており、今日の献立はご飯に味噌汁、グリーンサラダと焼き魚だ。もはやクリスマスを完全無視した、純粋たる日本食他ならない。
「はい芽依ちゃん! ア~ン!」
「やめて留文。さすがに自分で食べれる……」
スプーン上に焼き魚の身を載せた留文だったが、目も与えない芽依の冷たい一言で項垂れていた。キューピットも言っていたグループ内のカップルとは、この二人で間違いないだろう。ただ、ずいぶんと異なった性格の持ち主同士にも窺え、今は全く釣り合わない姿とさえ捉えらるが。
『まぁ、嫌悪ムードよりずっとマシだろ……はぁ~……』
胸中でさえ悩ましいため息を吐いてしまった岳斗。なぜなら食事中さっきから、前に座る望から執拗たる睨み付けを受けていたからである。いわゆる、ガンつけと称されるやつだ。
「チッ……」
「あの……まだ怒ってんの? もういいじゃんか……?」
「……チッ」
タメ口で話すように変わった岳斗だが、決して仲が良くなった訳ではない。むしろ真逆で、望の連続で鳴らす舌打ちが意味している。
「チッ……クソッ……」
「お、俺も悪かったよ。ガキみたいに、ついカッとなってさぁ……」
「フン。初めっからそう謝れっつうの。このゲイヤロウ……」
「そこだけは否定する」
ゲイの呪いからいっこうに解かれないことも不安要素に上がる中、岳斗は何とか望の機嫌を少しだけ戻すことができたようだ。とっとと終わらせたい作業の後先に、くだらない仲違いで影響など与えたくない。
進む食事中は主に留文が話すだけで、あとは皆黙々と口に食べ物を送っている。また聖については一里離れた端の席に着き、何やらイブに尋ねられている姿が見える。しかし元気な少女に応答する様子は見受けられず、早くも席を立って盆を運び、イブと揃って食堂から姿を消してしまった。
『イブのやつもかわいそうに……。もう輿野夜なんて、放っておいた方が楽なのになぁ……』
――「そういえば、岳斗ってさぁ……」
「ん?」
岳斗の視線を変えたのは、まだ食事中の留文だった。白米の一粒が鼻上に着いて笑い者にも窺えるが、箸を置いて身体を向かす。
「岳斗は、何やって罪人になっちゃったの?」
「――っ! ……そうだな……」
ハッと目を見開いた岳斗だが、いつかは聞かれる質問だとは予想していた。犯罪内容及び理由が当人の人格を示すため、正直自己紹介の時点で打ち明ける覚悟を抱いていたのも事実だ。しかし、見えない重苦しい心が、視線の俯きを促す。
「まぁ、空き巣だよ……」
終いには声のトーンまで下がり切り、留文から心配目を向けられるほど陰鬱だった。
「それも何件も回ってさ。たっくさん、金品を盗んだんだ……」
自分の背負った罪を明らかにすることには、罰を受ける前から大きな罪悪感を覚えてならなかった。やりたくてやった訳でもないだけに、悪い記憶たちが次々に無情ながら引き出される。
あの日から侵入した、数々の一軒家。そこに住まう家族らの、一致した怯える表情。必死で逃げ駆けた、暗く細い道。そして、恐ろしい形相で追ってくる、背後の警察官。
まともに呼吸することにすら辛さを覚え、岳斗は指で押さえた箸を盆に落としてしまう。本日の献立にはない、至極苦い味が口内を襲う錯覚まで走り、瞳の温度が冬の寒さに負けていた。
――「どう、して……?」
「へ……」
あまり聞かない珍しい声に、岳斗は思わず顔を上げて主に向ける。すると目には芽依がすぐ映り込み、俯いて盆を眺めた様子の彼女とは瞳が交差しなかったが、手元のスプーンがピタリと停止している姿を捉える。
「どうして、岳斗は、空き巣をしたの……? わたしには、岳斗は平気で迷惑をかける人に、思えないんだけど……」
「路端土、さん……」
物切れの言葉並べでか細い弱声には、初めて呼ばれた名前があったことに気づき驚いた。岳斗は決して前向きではなかったが、さらに胸の内を開こうと、頷いてから開口する。
「息子が、心臓病なんだ……。余命宣告もされてて、その手術には、一億も金が必要でさ……」
唯一留文からハッと驚愕した顔を向けられたのは、我ながら暖かく嬉しかった。決して、自分自身の行いを肯定してもらいたい訳ではない。社会で生きる義務を課せられた大人として、空き巣は愚行だと胸に確と刻んでいる。
「でも俺、会社クビになっちゃって、無職なんだ。妻だってパート勤務だし……余命までには、とても準備できそうになくて……。それが、空き巣をした理由なんだよ」
余命などあくまで人間科学の予想で、いつ亡くなってもおかしくない自然的現実には敵わない。そんな絶壁に立たされた日々を送る息子こそ、園越風真であり、妻の園越常海が世話から何までやってもらってる。父親のプライドは既にズタボロで、もはや消えた方が楽だとも言える。せっかく上げた視線が足元にまで墜落し、盆上の御椀すら視界に入っていなかった。
――「お前さっきからさ、家族は大切だ、みてぇに言ってっけどよ……」
次に岳斗へ声を当ててきたのは、正面から威嚇したままの望だった。機嫌の損ねが影響しているせいか、冷徹な瞳は静かながらも尖りを放つ。
「家族が大切なら、罪なんて普通犯かさねぇだろ……」
「……そう、だよな……」
望の一言は、岳斗の儚い胸を引き裂くほど凶器だった。罪を犯してまず迷惑を掛ける相手が家族であることは、もはや言うまでもない。日々繋いでいた手が離れるように絆は断ち切れ、世界の終焉を迎えたかの如く、家族からの信頼まで倒壊する。
望の言葉に間違いなど、確かに一字一句聞き当たらなかった。
「そうだ……。そうなんだよ……」
しかし岳斗は、傷だらけの心にも合わない笑いを起こす。
「ふっ。所詮お前の家族愛なんて、そんなもんなんだよ」
望には上から目線の心的ダメージを与えられる。が、それでも岳斗は儚くも窺える微笑みを、消せなかった。
「ホント、俺ってバカだよ……」
「偉そうに語りやがって。とんだヘタレ親父だよな、おま……」
「……家族が大切だったから、犯しちまったんだろうなぁ」
「はぁ?」
言葉尻を被された望からはさらに禍々《まがまが》しい視線を受ける事態となったが、岳斗は己の発言を撤回するつもりはなかった。なぜなら、改めて気づいたからである。どうして自分が空き巣などをしてしまったのかという理由を。
少しだけ考えれば、より適切で合法的な資金集めだったあったはずだ。ボランティアからの支援や、担保を借りることだって、いくら不景気なこの御時世でも足しになるというのに。
そう、少しだけでも考えれば、わかっていたのだ。
「――家族の未来に集中しすぎたから、何も考えないで犯っちまったんだろうな……。いい歳こいて……ホントバカで、ガキのままだよな」
「て、テメェ……」
自嘲気味な笑みを顕にして、己が気づかぬほど秘めていた言葉を放った岳斗。その後、望からは一言も返されぬ無音空間が訪れ、食事を不味くしてしまった後悔にも駆られそうだった。
『言わない方が、良かったかな……?』
――「岳斗の息子さん、助かるといいね!!」
「――っ! 留文……」
岳斗の重い面上げを促したのは留文で、白い歯を溢す無邪気な笑みを返された。親指を立てて幸運の祈りまで示してくれ、心から応援している様子が見て取れる。
「それなら絶対に、無事にプレゼント配んなきゃだよ! ねぇ芽依ちゃん?」
「うん。やっぱり岳斗は、わたしが思った通りの、優しい人だ……」
「路端土、さん……」
芽依の発言後、岳斗の瞳孔が大きく開いた。なぜならあの寡黙で無表情な女子中学生から――目まで向けられなかったものの――はにかんだ横顔を捉えたからである。それは彼女が初めて見せてくれた頬の上がりで、心を寄せてくれたの優しさを思わせる。
「ヒヒ。ちなみにボクは、万引き~! お腹空いちゃったからさ~。つい」
「……す、少しは反省の色見せろよ」
「わたしは……岳斗と同じ、空き巣……」
「え、路端土さんも!? そ、その歳で!?」
――「チッ、くっだらねぇ……」
「沫天、さん……」
話の弾みが起ころうとした刹那、望は席を立ち、聖のように盆を持って姿を消してしまう。居心地の悪さを感じたのだろうが、どうか午後の作業には切り換えてもらいたい。
しかし岳斗の告白は、一人の少女――路端土芽依の表情を作る結果をもたらした。静かな穏和性を秘め、春の日だまりとも似た優しい微笑みは、箱詰め監督者だったキューピットとよく似た晴れ模様だ。
「路端土さん……」
「芽依で、いいよ、岳斗。こっちの方が、短くて、言いやすいでしょ……?」
「あぁ……。ありがと、芽依」
微笑む顔を放ってもらえても、どうもまだ目だけを合わせてくれなかった芽依。まだ完全に信頼された訳ではないのだろうが、少しでも心の距離を詰められたことには、久々に帯びる心の温度を感じる。
「コラ岳斗~!!」
すると、芽依が唯一心を許しているであろう隣の青年――留文が起立し、なぜか怒り剥き出しで岳斗に詰め寄る。
「いいかい岳斗!? 芽依ちゃんに変なことしたら、ボクが絶対に許さないからねぇ!」
「……女子中学生の手引っ張ったり、ご飯を食べさせようとしたり。そんな変なこと、俺はしませんよ~」
「よしよし! それでいい! 岳斗は物分かりがいい!!」
「フフフ……」
芽依のか細い、小さな笑い声が漏れた。それは岳斗にとって喜ばしい、留文自身を暗喩した台詞への察知で、凍結状態の心を少しだけ融かしてくれた瞬間でもあった。