第六夜*恋と彗星の幻*
笹浦市国立協同病院屋上。
十二月初旬の正午を迎えた現在、乾燥した空は眩しいまでに澄み渡っていた。見上げると思わず吸い込まれそうにもなるほどで、雲一つ浮かんでいない快晴の天だ。
柵に覆われつつも広大な快適さを誇る屋上では、主に患者の布団や衣服などを干すベランダとして利用されている。その中にはもちろん患者自身の姿も観察され、看護士や医師からの許可と付き添い人を条件に、天井のない世界へ赴くことができる。戦慄しながらも病と闘う普段は外出など以ての外であるため、一種の憩いの場なのだろう。
そんな安らげる場には本日も、車椅子に乗り点滴を備えた少年を、一児の母親が後ろから支え見守る、二つの人影が地に投影されていた。
「はぁ~……いい天気だね、ママ」
「そうねぇ、風真。寒くない?」
「大丈夫。太陽サンサンで、風も心地いいし」
後天的エネルギーとも称すべき、太陽の光と自然の空気を身に染み込ませているのは、四歳の少年――園越風真と、今年二十七歳になった女性――園越常海の母子だ。
今日のパート勤めが休みだった常海は、風真から空を見たいと言われたため屋上に訪れていた。目の下には隈がくっきり浮かんでいるが、息子が少しでも元気になってもらえればと、メイドのように快く従っている。日々の寝不足など容易に追い越す愛を原動力に、穏やかな表情に染まっているときだった。
――「おっ、いたいた! よっ、常海! それに風真くんも!」
すると母子の二人に向けて、屋上階段の方から太い男声が響かされた。風真と共に振り向いた常海だが、聞き覚えのある音色でもあったため、姿を目にする前から微笑みが溢れ出る。
「――信太郎くん。それに児島さんも、また来てくれたんだぁ!」
屋上の地に踏み入れたのは、普段警察官姿の二人――羽田信太郎と児島秀英の、身長差開けた凸凹コンビだ。どうやら彼らも仕事が休みらしく、見慣れない厚着の私服姿で距離を詰めてくる。
「信太郎くん、しばらくだね」
「へっ、久しぶりになっちまって悪かったな。ちょっと最近は、事故の件数が多くてよ~。ちなみに、今日は夜勤だ」
「休みじゃないの!?」
「ったりめぇだ。町を護る人間が休んだら、みんな困るだろ?」
背が小さいながらも秀英の先輩である信太郎は、無邪気に笑いながら親指を立てて見せた。師が四方八方へと走り回るほど、騒然たる空気に包まれるこの季節。交通事故だけだなく事件も多発する繁忙期の十二月では、公務員の一員である警察勤務も馬鹿にできない。
「……風真くんも久しぶりだな。また大きくなったんじゃねぇか?」
「こんにちは、信太郎おじさん。それと、秀英おにいさん!!」
秀英の顔を見て以降、風真の表情が一気に輝きを増してるのが明らかだった。きっと若い秀英が優しい兄のように、よく遊び付き合ってもらっているからだろう。とはいえ信太郎をおじさん呼ばわりしたことには、常海も聞き流さず、あえて笑みを浮かべながら便乗する。
「もう風真ったら~。信太郎おじいさんに失礼でしょ? フフフ……」
「老けてんじゃねぇか……てか、俺がおじさんだったら、お前はおばさんだかんな?」
小さなイタズラを信太郎に加えた常海だが、これも彼と長年の付き合いがあるからこそできる、元乙女の計らいだ。小口を手で覆い隠すが、懐かしい記憶もあるせいで押さえ切れず声が喉を揺らしていた。
「ねぇ秀英おにいさん! またこの前みたいに、空想キャッチボールしようよ!」
「よしっ! じゃあ僕から投げるねぇ! それ~!」
「パシッ! ふわぁ~いナイスボール!! じゃあ次はぼくね~!!」
点滴を着けている風真は、もちろん車椅子で駆け回ることを禁じられている。外れてしまって緊急事態にも成り得ないためだ。そこで秀英が考案したのが、ボールとグローブ無しでできる空想キャッチボール。言わばキャッチボールの振りに過ぎないお遊びだが、四歳の少年心には見事に填まったようで、終始笑顔で楽しむ姿が見て取れる。
「フフフ……風真、ホント楽しそう」
「何だかんだ、秀英も会いたがってたしな。あの二人、ホント仲良しだよ……」
ビュン! やパシッ! と声まで交わす風真と秀英の二人を、常海と信太郎は微笑ましいながら見守っている。警察官の勤務で忙しい二人にここまで恩を受けられるとは、妻としては頭が上がらない。
「ありがとね、信太郎くん」
「あ、あぁ……。そのさ、常海……スマン」
「へ? どうしたの?」
信太郎からの突然な話題変換と俯きに、常海は首を傾げて覗いた。嫌な知らせがあると言わんばかりの眉間の皺が寄せられ、一つため息を出してから紡がれる。
「俺ら、岳斗の捜査から外れちまったんだ……」
「――っ! ……そ、そうなんだ……」
信太郎の悔しげな言葉を耳に招いた常海にも、俯く姿勢が伝染してしまう。空き巣常習犯であり園越家の夫――園越岳斗の捜査を、今日まで誰よりも直向きに行ってくれた。知り合いでもあり信頼置ける警察官の信太郎にこそ、夫の罪を見届けて欲しかった想いがあるというのに。
「全部、俺が悪いんだ。上官の前で、岳斗に心を許す言動を見せた、俺のミスなんだよ……」
頭を勢いよく下げ、小さな背をさらに地へ向かわせた信太郎。心を許す言動を詳細にはしなかったが、彼が高校野球部時代、ピッチャーだった岳斗とバッテリーと組んでいたことも影響しているに違いない。共に苦しき部活動を励み、強靭な男同士の絆で結ばれた仲なのだから。
「だから、ホントにスマン!」
「謝らないで大丈夫だよ、信太郎くん……むしろ、ありがと」
「え……? な、なんでだよ……」
再度謝罪を放たれた常海だが、弱々しい声ながらも信太郎の驚き顔を浮上させる。疑問と真剣さを秘めた太い眉を向けられてしまったが、今度は微笑みも加えて応答を返す。
「――私と風真しか信じてない岳斗を、信じてくれてるんだから……」
「――っ! 常海……」
信太郎にはハッと目を見開かせたが、それも無理はないだろう。
今この世界において、容疑者である岳斗に心を置ける人間など、毛頭見当たらないはずだ。ただでさえ決まり事を破って罪を犯す、人として有らざる行為に踏み入れた罪人に過ぎない。
しかしそれは、同じ家庭で過ごした常海と風真を除いた話である。なぜなら二人にとって、園越岳斗とは容疑者である以前に、夫であり父親なのだ。
愛で罪が償えるほど、世は決して優しく穏やかなものではない。罪をすれば罰に変換されるなど、漢字さえ物語っている御時世だ。
それでも常海は岳斗を信じて、いつか無事に帰還する未来を待っている。たとえ罪人であろうとも、この世でたった一人の夫として。そんな父親の尊さに気づかせてくれた、闘病息子の風真と共に。
『――そして、信太郎くんも含めて……』
「……へっ。常海はさすがだよ。高校んときと相変わらずでさ……」
すると信太郎は自嘲気味に笑い、両手をポケットに注ぐ。
「キャッチャーだった信太郎くんだって、今でも岳斗の女房役みたいだよ? 岳斗のこと、ちゃんと考えてくれてるんだから」
「なんか、あの常海にそう言われると、反ってバカにされてる感あるんだよなぁ」
「……フフフ。どうだろうねぇ」
風真と秀英がまだ空想キャッチボールを繰り広げる中、常海と信太郎は高校時代の懐かしい思い出に浸っている。肩の高さは常海の方が僅かに高く凹凸だが、足下にあるタイルの横線には爪先が綺麗に揃っていた。もちろん二人は知り合いだが、決して恋人として付き合った経験などない。高校一年生の春には、すでに常海は岳斗と手を繋ぎ合うカップルが成立していた。
それでも信太郎とは下の名前で呼び合うほど、親しい関係でもある。なぜならあの一時、同じ空の下で声を谺し、同じ戦場に出陣した者同士なのだから。
「――あーあ。やっぱ俺らのマネージャーは怖いもんだ……。部員を平気でイジる、ドSマネージャーだもんなぁ」
「フフフ! よく言われたわ」
「今でも言われてるよ……ったく」
屋上に吹き付けた風がふと、常海の長髪を靡かせた。高校時代にもよく浴びた、煌めく太陽の下で。
***
サンタ教習所。
数多くの罪人が集められた、世間には公にされていない施設。コンクリート壁に包まれた中の景観は広々と天井も高く、野球ドームの如く立体的にも大きな敷地面積が見てわかる。しかし、窓一つ見当たらないことから外壁の景色など皆無で、現実世界から隔離された錯覚させ走らせる不審な空間だ。
今回誘拐された罪人たちは今、それぞれの個室で身を潜めている。一人暮らしには十分なワンルーム八畳の室内には、ほとんどの者たちが誰も招かず孤独な時間を過ごし、どの部屋からも声が一切漏れてこないほど静寂だ。
しかし唯一、先ほどから幼い少女のかん高い歓声が鳴る一室が顕在だ。静けさに包まれた辺りとは似つかない別世界を窺わせるが、その部屋には空き巣常習犯――園越岳斗と、もう一人の世話役少女――イブが滞在している。
「わぁ~い!! きゃはは~い!! 」
「おいイブ~! ベッドで跳ねるな。壊れたらどうするんだよ?」
ウンザリな気持ちを下げた両肩でも示す岳斗だが、ベッド上で跳びはね楽しむイブの行動を止められない。
「わっは~い!! だって楽しいんだもん! 良かったら岳斗もやる~?」
「良くないからやらねぇよ。アラサーの大人がベッドで跳びはねるとか、絵面としても教育上問題だろうが」
「んもぉ~。岳斗はノリが悪いなぁ~。楽しむべきときに楽しまないと、嫌な雲ばっかり心に残っちゃうのに~……ひゃっほ~い!!」
「ったく、どっちが世話役なんだよ……」
イブと出会ってからは、ものすごく長い時間を過ごした気がする岳斗。しかし思い返せば、まだまだ時間は浅く、ごく僅かだった。グループ集めが終わった後には、サンタクロースから今後の活動内容をスローモーションながら知らされ、この部屋に戻り一睡を終えて今に至る。日時に換算すれば、一日と数時間ものことだろう。
しかし岳斗はすでに、イブの幼稚な行動に項垂れを隠せず苦悩していた。シャワーを浴びようとしたときは無理強いに侵入され、挙げ句の果てには得意のロリコン呼ばわりまでされた。しかも脱いだサンタ衣装を自身で着こなすことができず、丁寧にボタンを着けてあげたことも忘れはしない。
自力でできたのは、唯一サンタ帽だけだ。
また食事に関しては、スーツ姿のブリッツェンから部屋へ配膳されたが、いただこうとしたときには、御菓子が食べたい! チョコレートが欲しい! などとワガママまで叫び続けたモンスターチャイルド。終いには一口も入れずに過ごしたのだが、どうも御腹は空いていないのが不思議だ。
ともあれ岳斗は正直、プレゼント配り前から精神はボロボロの状態だ。世話役が完全に自分自身に刷り変わっているような気がしてならず、ため息を吐きながらこめかみを強く握る。
『なんで娘の世話までやんなきゃいけないんだよ? プレゼント配り前に倒れそうだっつの~……』
――キーンコーンカーンコーン♪
ふと岳斗の部屋中に、学校を思わせるチャイムのベルが響き渡る。どうやらこれから、ついにクリスマスに向けての教習が始まるようだ。
「はぁ……おいイブ?」
「なに岳斗? イケメンシェフにでも憧れてるの? ガクートキッチン的な?」
「オリーブなんて言ってないしオリーブオイルも使ったことねぇよ……。チャイムが鳴ったんだから、部屋から出るぞ」
「りょかりょか了か~い!!」
ベッドから飛び降りたイブは前向きだが、岳斗は悩ましいため息を吐いてから扉を開け、向かいたくないドーム空間に踏み入れる。するとすでに多くのサンタ衣装を纏った罪人たちがところ狭しと存在し、辺りは騒然としていた。
――「おっ! 岳斗にイブちゃん!! おっはよ~!!」
「留文。それに、路端土さんも……」
「オッハー留文~!! 相変わらずロリコンだねぇ~ウケる~」
いちいちイブを気にしていると話が進まないから無視しよう。遠く離れていた岳斗たちにはまず、明るく笑顔で叫んだ若い茶髪チャラ男――流道留文が目に映る。またその隣には、寡黙ながらも留文の手を握っている中学生少女――路端土芽依がすでに訪れていた。どうやら五人中三番目で、一番無難な順番に来れたようだ。
――「ハァアァ~ア……チョリ~ッス……。なんだ? まだ全員揃ってねぇじゃんか……ハァア~ア……」
「あ、沫天さん……」
「オッハー望~!! イイ夢見れた~?」
ポツリと呟いた岳斗とは違って、手を大振りしながら叫んだイブ。二人の次に訪れたのは、長い金髪が揺れないほど眠たげな強面女性――沫天望だ。大きな欠伸と目の擦りを繰り返す彼女からは、どうも上手く寝付けなかったようだと推察できる。
「……? 輿野夜も来たか……」
すると最後には無事に、最も取っ付きにくい鋭利的眼鏡男性――輿野夜聖の登場。昨日は岳斗たちをマイナス的要因だと発言し自ら距離を置いた、気難しそうな恐々しい一人だ。もはやサンタ衣装が似合わなすぎて、時おり笑ってしまいそうにもなる。
「オッハー聖~!! その眼鏡、実は御高いんでしょ~?」
「ガキの真似遊びには付き合わん……黙ってろ」
「もぉ~。聖もノリが悪いなぁ~。ホント、うちの岳斗とソックリで~」
『俺の親みたいな言い方するなよ……インチキ世話役娘が』
突っ込みたいあまりだったが、岳斗は何とか声を押し殺した。怒りは震えた拳と歯軋りが代弁していたが、大人らしくため息で事を済ませる。
――「おぉ~! また会ったな、ぐぁ~くと!」
「お、ブリッツェン……」
五人とイブで集まった岳斗のグループに、今度はブリッツェンが出現する。見慣れた茶髪スーツにグラサン姿で、敵前逃亡を促す分厚い胸板が印象強い。
「おっ! 相変わらず、衣装似合ってんじゃねぇか。俺様は好きだぜ、岳斗のその姿」
「頼むから辞めてくれ! 勘違いされるだろ!」
ブリッツェンからの思わぬ一言に岳斗は声を荒げ抑止したが、留文からは苦笑いを、望と聖からはいつもと変わらない冷徹な視線を向けられてしまう。危惧した結末に心的ダメージを負わされるはめとなり、儚い胸をギュッと押さえることしかできなかった。
「よしっ! じゃあオメェら。これからやる業務の説明すっから、そのままちゃんと聞いてくれよ?」
するとグループ皆の注意が揃ったことをいいことに、ブリッツェンは一枚の紙を手に持ちながら、今後の活動説明を語り始める。
果たして一人の男の心を抉ることが、本当に必要だったのだろうか、他にやり方はなかったのだろうかと、岳斗は半信半疑のまま、一応耳を傾けて睨み付ける。
「――え~っと、オメェら二十四班は、最初にプレゼントの箱詰めだ。場所はここでオッケーだから気にすんな。その後は、基礎体力特訓に学科やって実技演習。んで、残ってたら最後に箱詰めってとこだ。全部場所が変わっけど、向かい先と順番は、それぞれの担当者から聞いてくれ」
「……それぞれの担当者?」
喧しかったイブも沈黙するほど音無き二十四班だが、代表して岳斗が尋ねる。一体それぞれの担当者とは何者を指しているのだろうかと考えたが、すぐにブリッツェンから頷かれ明らかとなる。
「昨晩ボスのこと囲んでた、俺様たち輩のこったよ。オメェら甘ったれた罪人をしっかり監督するために、それぞれ二匹ずつ、計八匹の担当者がいるんだ」
妙な言葉並びも気になるところだが、やはりブリッツェンたち側でも罪人に信頼を置いていないことがわかる。だったらもっと信用できる一般人や、ボランティアなどの公益財団にでもお願いすれば良いのに。
「ちなみに俺様は、実技演習な。楽しみに待ってろよ~岳斗ちゃん」
「キッモ……スパルタ臭までプンプンしやがる……」
地獄絵図への誘惑など、天と地が覆っても受け入れる訳にはいかない。それに巨漢が大人に放つ“楽しみ”など原告者にしか当てはまらず、どうせイジメに似た暴力的虐待のはずだ。容疑者のこちらだって、変質者のスーツ集団に心を許すつもりはない。
するとブリッツェンは慌ただしそうに動き出し、別のグループへと回り移っていく。岳斗ら二十四班と接したように誘導係を務めてる様子だが、さらに周囲を窺えば他のスーツ民族七人も徘徊していた。監督者という立場も、決して楽ではなさそうだ。
百に近いほど数多なるグループたちは、やがてそれぞれの教習場へ消えていく。気づけば岳斗たち二十四班を含む、約二十五組がドーム内に残されていた。
――ビュン……。
ふと目の前に、何かが通り過ぎた気がした。
――ビュン……。
「ん?」
――ビュン……。
「……ッ!! な、なんでッ!?」
瞬きを繰り返しながら観察していた刹那、驚愕顕にした岳斗たちの前には、まず横長の台が出現し、次にまだ箱に設計されていない平らな厚紙、また赤いリボンに柊と、連続的に机上に載せられていく。驚きが止まず周りの他グループを覗くと、やはり同じ環境が拡がっている。一体どういった原理で用意されたのか、高卒の頭では疑問符のみしか浮かべられなかった。
『ど、どうなってんだ? 俺の知ってる夢の国でも、こんなアトラクションないのに……』
――「フフフ。ほうき星を見たいなら、瞬きは禁物ですよ?」
「は……?」
岳斗にはまだ聞いたことのない高きソプラノが射られ、思わず振り返って確かめる。すると背後にはいつの間にか、まだ会って話したこともないグラサンスーツ姿が待ち構えていた。
「……今話したの、あなた?」
「フフフ。その通りです。貴方と私は、今回が初めての顔合わせですね。以後、お見知り置きを」
「お、おう……」
今言葉を発した相手は細い背で、久しく見ていない穏やかな笑顔を浮かばせていた。丁寧な口調や高音質の声が特徴的で、長い白髪をポニーテールとして縛っている。
――「ねぇねぇキューピット! これで全部用意できたよ~!! どう!? コメットスゴいでしょ!? ビューンって終わらせちゃったよ!!」
すると今度は、岳斗と高音主の間に、彗星の如くまた一人が出現した。こちらは打って代わり、イブよりも幼い身長で、背中を隠した青髪が地に着くほど伸びている。
「本当にさすがですね。たいへんよくできました」
「わぁ~い!! 撫で撫でタ~イム!!」
「フフフ。でもごめんなさい。まずはここにいる皆様に、自己紹介をしなくてはね」
「えぇ~え……。もう、仕方ないなぁ~……」
顔を膨らませた不機嫌そうな青髪幼児が振り向いたことで、岳斗のみならず、二十四班含む全二十五組の罪人たちへ微笑みが照らされる。
「――はじめまして、皆様。今回箱詰め監督になりました私、キューピットと申します。そしてこの子は、ただ今皆様の台に箱詰め用プレゼントを準備した、コメットです」
「――こんちわ~!! コメットの名前はコメット!! みんなもビュンビュン、ガンバってねぇ~!!」
キューピットと言葉を気にした岳斗は背後の台を確認してみると、告げられた通り、いつの間にか玩具やぬいぐるみまで姿を現していた。仮に証言が正しいとすれば、あのコメットという幼児が一瞬で準備したらしい。もしかしたら、この台や箱に柊も。
『マジか……。また瞬間移動者が出たって訳かよ……』
穏やかで大人しいキューピットと、無邪気に白い歯を溢し続けるコメット。人間離れした二人に見守られながら、岳斗たちもついに箱詰め作業に取り掛かろうと台に向かう。
しかし、一つだけどうしても申し上げたいことが、男には存在した。なぜならその大切な事実を、誰も気づいていない可能性があるからだ。
『――勘違いすんなよ……。キューピットもコメットも、両方男だからな』