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GiFT*ガキのままの俺に届いた贈り物*  作者: 田村優覬
四幕*赤鼻のトナカイ*
16/29

十五夜*プレゼント配りの幕開け*

 サンタ教習所。

 十二月二十三日の夜を迎えた、異世界教習所。様々な犯罪内容を抱える罪人たちも、ついに全ての教習訓練を終えた日だった。本番である明日の夜――クリスマスイブに向けての下準備は万端で、業務が無事に終了すれば、グループメンバー同士の顔合わせも無くなることだろう。それを踏まえてなのか、今夜は各々の個室から宴会えんかい重奏曲じゅうそうきょくが鳴り響いている。公約したサンタクロースから何をもらいたいか。このクリスマスが終了した際、今後はどのような道を歩みたいかなど、五人一組による夢の語り合いが奏でられていた。

 誰もが愉快気に声を交わし合い、みんなすでに叶ったかのように幸せそうで、和気わき藹々(あいあい)の人工太陽が確かに打ち上げられている。


 しかし唯一、二十四班だけは集まっていなかった……。


「……」

「ねぇ、岳斗がくと……」


 園越そのごえ岳斗がくとの専用室で、一人の世話役幼女――イブの悲しげなツイートが一言投稿された。現在は岳斗がベット上でグッタリと横たわり、寝返りを打って幼女サンタに背を向けている


「……」

「岳斗……ごはん食べないの? もう、三日も食べてないよ? 明日は本番なのに……」

「いらない……ごはんとか、どうでもいい……」


 微動だに示さない岳斗は弱音を室内へ蔓延まんえんさせ、真冬の空気をさらに冷却していた。世話役として見守るイブも晴れない表情が顕在で、女性特権のサンタスカート裾をギュッと握っている。その際にできた皺は、幼女の眉間にも確かに伝染していた。



『――のぞみが、除名されたんだ……。俺だけ助かって……呑気のんきにいられるかよ……』



 二十日の深夜から今まで、岳斗の胸中はそれでいっぱいいっぱいだった。

 イブたちの救出劇もあって、岳斗は無事に捕まらず教習所に帰還できた。が、虐待幼女を護ろうとした沫天まつあまのぞみは逃走に働かず、結果として除名処分を下され、この場に帰らぬ一人となってしまったのだ。今頃警察官に逮捕され、暖房も整わない牢獄ろうごくうずくまっていることだろう。あの日現れたのは親友の羽田はだ信太郎しんたろうではあったが、熱き人情など獄内に届くことはない。



“「――また右腕伸ばしやがって。二度と助けんなって言ったろうが……」”



 最後に望から告げられた台詞は今でも耳奥に焼き付いたままで、つい先ほどの出来事にも思える。触れられそうなほど彼女の顔が瞳に浮かび、つい右手を伸ばしてしまう錯覚を覚えてならなかった。

 一番近くにいながら、誰よりも傍で活動していながら、大切なメンバーの望を護ることができなかった。

 塀から離れさせた彼女の気遣いもあっての、意図的幕切れだったかもしれない。それでも岳斗は、自身の無力さ故に生まれた罪悪感に駆られ続けていた。高校時代の硬式野球部を引退した過去よりも心的ショックがひどく、三日経った今でも起きる気力さえ残っていない。何か飲食を喉に通すことさえこばみ、顔色も底を着きそうだ。



『望……ゴメンな……ウゥッ……』



 枯らしたはずの涙が、再び男の瞳によみがえる。鼻をすすりながら強くまぶたを閉じ、情けない背中をさらに丸めていく。


――ガチャ……。


 ふと個室の扉が開けられたようで、岳斗とイブの悲哀色な瞳が向かう。すると二人の貧しい沈黙を破るかの如く、三者の姿が浸入してきた。



――「おつかれ~ライス~!! ということで、カレー持ってきたよ~!」

――「お邪魔、します……」

――「チッ……なんでオレまで……」



留文とめふみ!! 芽依めい!! それにきよるも!! みんなちゃんと来てくれたんだぁ!!」

「……」


 息を吹き返すのように歓声を上げたイブの一方で、岳斗はまだうつろな瞳をめられず起き上がれなかった。しかし二十四班のメンバー――流道りゅうどう留文とめふみ路端土みちばと芽依めい、そして意外にも輿野夜こしのよきよるまで参上し、三者並びに本日の晩ごはんであろうカレーライスをぜんごと持ち運んできた。もちろん、二枚運ぶ留文の片方は岳斗の分である。


「はい! 岳斗の分!! これ食べれば、明日は絶好調なり~!!」

「……わりぃ留文。今は、いらない」

「岳斗……もしかして、インフルエンザ!?」

「いや、そうじゃなくてさ……」


 高らかに振る舞う留文には、岳斗は思わず瞳を逸らしてしまう。元気を分け与えようとしている気遣いはありがたいが、正直デリカシーに欠けるチャラ男にうんざりだった。一人のメンバーが消えてしまったというのに、なぜ笑顔でいられるのか。不思議を通り越した人格不審まで陥りそうだ。


「岳斗……」

「芽依……」

「食べないと、明日、持たないよ?」

「……それでも、ちょっと……」


 少し離れた芽依にも温声を受けたが、やはり岳斗の瞳は冷めきったままだ。身体の健康を考えてくれる彼女の優しさが伝わりながらも、胸奥までには受け入れない。

 起き上がらない岳斗のことは、イブと留文がじっと見守ってくれているが、一方で聖はそっぽを向いてのため息、また芽依は暗く俯いた姿勢を放ち、決して室内空気が向上した訳ではない。多くの乾燥機を設置しても解決見込みが立たない雰囲気が、ただひたすらに心の肌荒れを繰り返すばかりだった。


「……」

「チッ、おい!」

「――っ! な、何すんだよ聖……?」


 すると舌打ちを響かせた聖が動き出し、岳斗は胸ぐらを掴まれたことで無理矢理起こされる。得意の鋭い目付きを眼鏡のレンズを破らんばかりに向けられたが、焦るどころか、面倒な嫌気が増すだけだった。


「テメェ……誰の前で、そうしてるつもりだ? 本番は明日なんだぞ?」

「んなの、わかってるよ……」

「だったら食え! ただでさえ体力仕事なんだ。食わねぇんなら、オレが無理矢理でもじ込むぞ?」

「……」


 聖の恐ろしいガン付けも岳斗の目には写像されず、無言の反抗精神を演じた。確かに明日は本番のクリスマスイブで、婦人用自転車でプレゼントを運ぶ、真冬の酷な肉体労働が待っている。が、正直どうでも良いくらいとしか思えてならない。


「……」

「チッ、テメェ……」

「なんで、だよ……?」

「ア゛ァア?」

「なんで聖は、明日のことばっか、考えられんだよ? 留文も、芽依も……イブだって……」


 まるでメンバー全員を敵に回す呟きだった。その効果もあって、部屋中の空気がより一層冷え込んでいく。胸ぐらを握る聖からは呆れたように解放され、ついに留文も芽依と同じ姿勢で目を落とす姿を捉えた。



『なんでだよ……。みんなは、望がいなくなったことがショックじゃねぇのかよ……?』



 不思議から進化した不審がさらに強まることで、人格批判の念が生まれてきた岳斗。聖のおかげで身を起こしたままでいるものの、誰とも目を合わせない俯き胡座あぐらを放ち続けた。やはり罪人など、薄情なヤツらの集まりなのだと、言い聞かせそうに成り果てたが……。



――「違うよ、岳斗。アタシたちは、望のことばっか、考えてるよ」



「――っ! イブ……」

 その刹那、下がった岳斗の朧気おぼろげな瞳に、見上げたイブの微笑みが灯される。


「ねぇ岳斗。望はアタシたちに、何を残してくれてったっけ?」

「え……」


 突然の質問には困惑してしまい、岳斗は久しぶりに頭を働かせる。望が残していったものと言えば――やはりあの日、捕まる直前に手渡した小型トランシーバーしか思い当たらなかった。形見かたみとしては小さく地味で、できれば他の貴重品があってほしいところだ。


「トラン、シーバーしか……」

「ブッブゥゥ~~!! そんな安い機械なんかじゃないでしょ?」

「機械じゃ、ない……?」


 細い腕をクロスさせたサンタ幼女にあおられつつも、岳斗の口数が増えていた。

 ならば、望が残していった物とは何なのか。

 岳斗は改めて訪ねると、イブは一度自信を強調した頷きを見せ、上がった頬で大きさが増した口が開く。



「――一個一個、チョ~丁寧に結んでくれた、赤いリボンのプレゼントだよ! 一つ一つの愛を結んだリボンをムダにしちゃったら、怖~い望にまた怒られちゃうよ?」



「リボン……そっか……そうだったっけな……」

 イブの結論を耳に取り入れたことで、岳斗には少しずつ瞳の温度が生まれていく。教習所内での主な活動といえば、やはり大量のプレゼント箱詰め作業が鮮明だ。箱の組み立てから始まり、子どもが求める物品を挿入し、最後に赤いリボンでくるみ、おまけにひいらぎを飾って宛先シールも貼った、訓練唯一の協同ライン作業。

 そのとき、綺麗なプレゼントを作製しようと人一倍意識していたのが、体調不良から復活後の望だった。手荒な留文の組み立てを注意したり、覚束おぼつかない芽依の物品入れを指摘したり、よく手が止まってしまう岳斗を隣で叱ってくれた。独り作業の聖も忘れず、グループ全体の景色を窺いながら、自身が担当するリボン結びを丁寧につくろっていた。


 一結び一結びごとに、真心という“愛”まで、中味へ閉じ込めんばかりに、強くキュッと。


「岳斗。ボクたちは、ボクたちがやるべきことをやろう。望お姉さんのためにもさ……。きっと姉さんも、それを願ってるはずだから」

「留文……」


 誰かからの贈り物とは一般的に、愛という不可視的貴重品まで潜んでいる。知り合いや友人、恋人や家族ならば尚更、一箱に収まり切らないほどの、溢れる愛が。


「そうだよ、岳斗。望さんの分まで、わたしたちが、気持ちごと、運ばなきゃ……」

「芽依……」


 それでも届け先とは無関係な望は、一つ一つ細かいところまで愛の化粧を施した。テキトーにやっても良いところなのに、全く手を抜かず、真面目にしっかりと。


「フっ。少しぐらい働いてもらわなきゃ困るんだよ……。プレゼント配りには、オレらの野望が掛かってんだから……」

「聖……」


 そこで望は証明してくれたのだ。どんな相手であれ、贈り物には必ず愛を込めて作製するべきだと。見えなくても、気づかれなくても、たとえ相手が誰だかわからなくても、中身への愛は必須ひっす景品であることを。



 ――だから人は贈り物をGIFT(ギフト)と、世界共通で呼んでいるのかもしれない。



「ねぇ岳斗」

「イブ……」

 三人の仲間たちの後、ベット上で居座る岳斗は正面のイブから、煌めく瞳を直視させられる。


「ねぇ? 明日は、望のためにもガンバらなきゃだよ。辛い気持ちはわかるけど、元気出して、いっしょにガンバろ?」

「――っ! イブ……ウッ……ウゥ……うん」


 初めてイブが、自分の世話役に見えてしまった岳斗。途端に残された温かい涙が溢れ出し、大人として情けないが、幼女の目前で何度も拭っていた。嬉し涙とは、まだまだ程遠い味だ。ただでさえ望はもういないのだから。

 仲間が欠けてしまった、悲しさ。

 残りの仲間に支えてもらう、嬉しさ。

 二つが入り交じった感動の涙が、岳斗のサンタズボンを湿らせていた。


「……なぁイブ……。俺たち、また望に会えるかな……?」

「望とは、きっとまた会えるよ。だって、みんな同じ笹浦市出身なんだし。それに……」


 ふと間を空けたイブの表情は落ち着いた微笑で、見た目不相応の大人らしい眼差しを受ける。



「――望は、死んじゃいないんだからさ……。絶対にまた、同じ空の下で会えるって。……ニヒヒ~」



「イブ……」

「それに岳斗だって、叶えたいものがあるんでしょ? だったらくじけちゃダメだよ! 諦めたら、そこで試合終了らしいよ?」

「……フフ、試合って、何のだよ?」


 結局イブは最後に、いつもの無邪気な幼女笑いを浮かべ戻っていた。が、それは同時に岳斗の涙も晴らす魔法のようで、再起を促す原動力すら誕生させる。


『何やってんだろ、俺は……』


 すると岳斗はやっと立ち上がり、まずは扉に貼られた二枚の写真の元へ訪れる。

 片方の写真はついこの前発行されたばかりの一枚で、箱詰め作業が終了した際に、担当者のキューピットに撮影してもらった、二十四班唯一無二の集合写真である。中央には、嬉しそうな岳斗に飛び付き抱き締める、笑顔満点のイブ。右側には、ひっそりと手を繋ぎながらピースを伸ばす、微笑ましい留文と芽依。また左側には、端で横を向いてしまっている、乗り気でなさそうな聖。そして、お母さん指と呼ばれる人差し指を立てながら甲を放つ、得意気な笑みの望。このメンバーで作製したプレゼントなのだ。仲間の欠員で途中辞退しては、再会したときの面目が立ちそうにない。



『望への感謝だって忘れてはいけない……。それに、もっと大事なことだって、俺にはあるんだ……』



 次に岳斗は、もう片方の写真に焦点を当てる。この場に誘拐されてからずっと貼っておいたその一枚には、現在進行形で心臓病に苦しむ息子――園越そのごえ風真ふうままばゆい笑顔と、背後から肩を支えている妻――園越そのごえ常海とこみの静かな微笑みが撮されていた。



『全部プレゼント配って、風真ふうまの命を助けなきゃいけないっていうのに……』



 だからこそ、今日までアホらしいクリスマス活動を続けてきたのだ。ただひたすらに、大切な息子の命を救うために。

 確かに望がいなくなったことはショック極まりない。が、絶望している場合でもない。彼女が込めた愛、そして息子の命が掛かった未来のためにも、明日のプレゼント配りに奮闘しなくては。



『――ホント、流されてばっかの、ガキだよ、俺は……』



「留文、カレーちょうだい!」


 振り向いて見せた岳斗の瞳にはようやたくましさが光り、我を取り戻したかの如く拡声させた。それには留文、芽依も温かく迎え、冷徹な聖ですら目を向けていた。


「おぉ岳斗! 待ぁってました~!! はい、あ~ん」

「そ、そうじゃねぇよ! 膳ごとだっつうの!!」

「フフフ……」

「チッ、くっだらねぇ……」


 こうして、改めて気持ちを原点回帰させた岳斗。明日への心の準備が整ったようで、無事にスタートできそうだ。ただ、今回のきっかけが生まれたのは、世話役のイブが昨晩考えていた、“みんなでごはん! おつかれ~ライス!!”という決起宴会のおかげであることを忘れてはいけない。



 ***



 そして、月日は十二月二十四日――クリスマスイブ当日。

 時刻は夜の十時前。早ければ既に眠りに就く子もいる、就寝時間帯である。サンタクロースとトナカイ側による決起会などの胡散うさん臭い挙式はされず、岳斗たち二十四班もついに本番を迎えることとなった。前回と同様、サンタ教習所の異世界から現実世界へ舞い戻り、現在は人気が皆無な路地裏に佇んでいる。今回はブリッツェンとキューピットの二頭によって運ばれ、あらかじめ四人に分けられたプレゼント入り白大袋、さびついたギア付き婦人用自転車をソリから降ろしていた。


「待ちに待った本番だな! くれぐれも、サツには気をつけろよ?」

「二十四班の皆様。どうか、有終の美を飾ってくださいね」


 ブリッツェンとキューピットが話し出した頃には、既に聖は自転車で疾走し、留文と芽依までも、どこか急がんばかりに姿を消していた。しかし望がいなくなったことで、一人当たり百軒以上配らなくてはいけない酷務になってしまったのだ。それを考慮すれば、急がない方がおかしいだろう。


『今の俺みたいにな……だけど、これじゃ……』


 未だ残って大きなプレゼント袋を背負った岳斗は、やっと自転車にまたぎ、イブの声援を受けながら開始を迎えようとしていた。ところが……。


「よ~しっ! いっけぇ岳斗!! でんこうせっかだぁ!!」

「待て待て待て!! 二人乗りならギリ分かる! けどかごに乗るって絶対おかしいだろ!!」


 どうして岳斗はなかなかスタートできなかったのか。それは言うまでもなく、幼女のイブが自転車籠へ尻からスッポリとはまり、危険及びペダルの重さへの懸念が発生していたからである。


「じゃあ何よ!? アタシは走れってか!? 拷問ごうもんだぁ~!!」

「うるせぇうるせぇ!! 誰かに見つかったらどうすんだよ!?」

「ジ~! オ~! エム! オー!! 拷問!!」

「あ~もうわかったわかった!! わかったから黙ってくれ!!」

「ワ~イ!! エムシエー♪」


 歓声まで叫んだトゥーヤングガールにさいなまれながらも、岳斗は渋々、イブの乗車を認めることにした。こんな仕打ちを受ける予定は無かっただけに、プレゼント配り成功の未来が少し遠退く寒さを感じる。


「うぅ~さむ……」

「へへ。これでオメェらとも、お別れになりそうだな」

「そうですね。出会いと別れは付き物ですから」

「え……ブリッツェン、キューピット……そうなの?」


 突如背後から別れを告げたブリッツェンとキューピットに、岳斗は咄嗟とっさに人間姿の二人に目が渡る。あまりにも突然すぎたばかりに、思わずじっと見つめてしまった。


「なんだよ岳斗? まさかここにきて、俺様に惚れたのか~? この変質者め」

「お前にだけは言われたくねぇよ! てか、俺たちホントにこれでサヨナラなのか?」


 ついにはイブも乗る自転車を旋回させ、岳斗は身体まで向けて尋ねた。すると白髪美少女擬きのキューピットがコクリと頷き、性別を惑わせる優しい微笑みを上げる。


貴方あなたがたに対する、わたくしたちトナカイの役目は、これで終了ですので。何事もなければ、もう皆様もサンタ教習所に戻ることはないでしょう」

「え……教習所に帰りもしないの?」

「はい。でも御安心ください。教習所内での忘れ物、及び公約の贈呈物は、無事にプレゼント配りが終了した際に、ボス直々に御訪ねしますので」

「……キューピットも、サンタのことボスって呼んでるのね……」


 ついオカマ口調になった岳斗だが、別れとなれば何か感謝の一言でも伝えたいところだった。特にこの二人には、入所時から何度も顔合わせや会話があったため、尊敬の念は無くとも、一応礼ぐらいは申し上げよう。


「キューピット」

「はい?」


まずはキューピットから、岳斗は胸を張りながら述べる。


「あのとき、みんなで写真撮ろうって言ってくれて、ありがとう。おかげでサンタ教習所の生活が、良い思い出になりそうだ」

「そんな、御礼を受けるまでもございませんよ?」

「いや、それでもありがとう。柊の話も聞けて良かったし、結構感謝してる」

「岳斗、様……」

「それから、相棒のコメットにも、よろしくな」

「いっしょに遊べて楽しかったよ~って言っといてね!」

「イブさんまで……フフフ。こちらこそ、感謝の意を評します」


 御辞儀まで示したキューピットの白い頬には、明らかな陽の灯りが浮かんでいた。恋愛の神とも称される彼には、少しばかりだが愛情を向けられたようだ。もちろん下心は無しで。


「それと、ブリッツェン!」

「んだよ~? 俺様は雄とイチャイチャなんてゴメンだっつうの」

「だからちげぇよ!」


 会話の流れを塞ぐブリッツェンには呆れたが、岳斗は気を取り戻して感謝を語る。


「まぁ、そうだな……。ブリッツェンが、俺を教習所に連れてったんだけな。おかげで楽しかった。夢を叶えるチャンスまでもらった。だからありがとう」

「フッ。まだチャンスの段階だろうが……。とっとと出向いて、さっささと叶えろよ」

「あぁ……っ!」

「ブリッツェン!! ドンダーにもありがとう言っといてね! それとダンサーにプランサー。あと、ダッシャーにヴィクセンにも!!」

「よく覚えてんなぁ~。立派なロリっサンタめぇ」

「でたぁロリコンブリッツェン!! ウケる~」


 途中からイブとブリッツェンの会話に変わっていたが、それは岳斗が少し考え事をし黙っていたからだ。ふと脳裏に過った出来事に気を取られ、不思議ながら再び尋ねる。


「そういえばさ、ブリッツェン?」

「んだよ~? しつけぇな……」

「その、この前さ……イブたちと、俺と望のこと助けに来てくれて、ありがとう。おかげで、教習所にも帰れたし……」


 確信がない感謝ではあったが、岳斗は予想のもとブリッツェンへと放つことにした。あの日ソリを引っ張って来たのは茶色い毛並みのトナカイで、彼と一致しているのだから。


 しかし、突然にも空気の色が変わってしまう。



「――オメェ何言ってんだ? そのトナカイ、俺様じゃねぇぞ?」



「え……? だって、茶色だったから、ブリッツェンしか思い浮かばなくて……」

「茶色? ……ッ!! まさか、アイツ……」

「アイツ……?」


 黒のサングラスを掛けているにも関わらず、ブリッツェンが目を見開いてるのがわかった。ずいぶんと驚いている様子だが、それはキューピットからも同じく窺え、彼らの思い描く“アイツ”とは一体誰なのか。


「そっか……。アイツ、完全に人間へ染まった訳じゃなかったのか……」

「みたいですね。どうしますかブリッツェン? まだ、帰れる権利が、彼にもあるのでは?」


『はぁ? 二人して誰のこと言ってんだよ?』

 妙な不穏の空気が漂い始めていた。二人のトナカイ人間からはなかなか名前を告げてはくれず、そばのイブもしらを切るように沈黙を語るばかりだ。


「……なぁブリッツェン?」

「岳斗! お前はお前で、ガンバれよ」

「え……あ、あぁ……」


 岳斗の質問を無理矢理消してしまうように返したブリッツェン。すると首もとの鈴を小指で揺り鳴らすことで、トナカイ姿へと変貌する。気づけばキューピットも既にトナカイの身で、どうやら二人揃って教習所に向かうようだ。


「あばよ、二十四班の、俺様と同じ、リーダー」


――ビューン!!


「あ……行っちゃった……」

 早くもブリッツェンは飛び去ってしまい、天高き曇る夜空へ姿を消してしまう。お別れとしては何ともやりきれない気持ちが生まれるが、残るキューピットも後に続こうと足場をならしていた。

 きっと彼らにとって、罪人との出会いや別れなど、大したことではないのかもしれない。それよりもクリスマス業の大切なのだろう。

 そう思いながら飛び去り際のキューピットを観察していたが、岳斗は最後に、トナカイの円らな黒目を向けられる。



「――心優しき、園越岳斗様……。どうか、人間でも動物でも、分け隔てない無償の愛で、同じ目線で接してあげてくださいね」



「へ……?」


――ビューン!!


 ついにキューピットまでも曇れる夜空へ飛び立ち、路地裏には岳斗とイブだけが残された。トナカイたちが背負う闇に触れてしまった感覚も覚えたが、詳細までは想像が働かない。まさか最後の最後で、担当者側の疑問に染まることになるとは。



『――じゃああのとき、助けに来たトナカイは、一体誰だったんだ……?』



「岳斗? 早く出発しよ? タイムリミットは、明日の午前六時までだから、急がなきゃ」

「あ、あぁ……わかった」


 イブの助言を受けて、ついに走り出してプレゼント配りを開始した岳斗。曇る夜空と冷えた気温を観測した限り、積雪の懸念もあるため、立ち漕ぎながらも突き進んでいく。

しかし、不思議な気持ちが失せたわけではない。岳斗の頭にはやはり検討が着いていなかったのだ。あのとき助けに訪れた、一頭の茶色いトナカイの正体が。



 ――誰もが口ずさんだことがあるだろう、赤鼻のトナカイだったということも……。

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